あの日、すべてが灰になった。
神戸市須磨区千守町で酒販店を営む前田稔さん(72)は、火災で自宅兼店舗を失った。「負けてたまるか」。妻の節子さん(64)と再起を誓ってから、15年がたった。
気軽に立ち飲みができる店だった。廃業も考えたが、1カ月後には仮設店舗で営業再開にこぎ着けた。節子さんは「わざと忙しくして、嫌なことを忘れようとした」と当時を振り返る。
2002年、自宅兼店舗を再建した。常連客の多くは戻ったが、売り上げは震災前に及ばない。それでも、20人も入れば満杯となる店は、日没とともに、客の笑顔や陽気な話し声で満ちる。海や山の幸が持ち込まれ、テーブルを彩る夜も多い。
「周囲の人に支えられて今がある。地道に商売を続け、感謝を伝えたい」と稔さん。
誓うは“生涯現役”。2人は今宵(こよい)も、元気よく客を迎える。笑顔のキャッチボールが始まる。
2010/1/19