■ニホンザル(兵庫県丹波篠山市)
雨どいをつたって、屋根の上へサルが上っていく。車が通り過ぎたのを確認すると、周囲を見回しながら畑へ忍び足。失敬した黒豆を路上で満喫した後は、木の上で柿をむしゃむしゃむさぼる。丹波篠山市には約180匹のニホンザルが五つの群れに分かれて生息。食べ物を求めて、市東部や北部で、あちこちの集落に出没を繰り返す。
同市では捕獲などで個体数の管理を進め、住民も電気柵で防御を固めて対策を図ってきた。その成果か、2020年度の農業被害額は約52万円と10年前の1割に減った。とはいえ、自家用菜園、雨どいを壊されるといった被害は統計には反映し切れていない。ここ数年、エンドウ豆の被害を受け続けている岡本節美さん(同市新荘)は「そろそろ収穫、と思った頃にやられてしまう。私の方がサルのおこぼれをもらっているみたい」と嘆息する。
丹精した作物の被害は「金額以上に心情的な負担が大きい」と話すのは、地元で獣害対策に取り組むNPO法人「里地里山問題研究所」の鈴木克哉代表(46)。過疎・高齢化で集落が細る中、野生動物がさらに住民の活力をそぐ構図だ。
そんな中、市東部の畑地区では今年から、サルを追い払うために地区内10集落が連携しようと話し合いを始めた。「被害ゼロは難しくても、集落全体でサルと戦う意識を持ち、作物を育てても無駄という諦めを打破したい」と岡本常博・同地区自治会長会会長(70)。好きな作物を自由に育てられる集落にしたい。そんな思いを胸に、人とサルの綱引きは続く。(中西幸大)
個体数管理、群れ消滅に注意
【兵庫県森林動物研究センター森光由樹主任研究員(55)=兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授、霊長類学=の話】 兵庫県では、但馬から淡路まで6地域に13群約千匹のニホンザルが生息しています。2群は餌付けされ、残る野生の11群は豊岡市、香美町、丹波篠山市、朝来市、神河町を中心に行動しています。
群れの規模は平均40匹ほど。「ボスザル」という言葉がありますが、実際に統率しているのはメスです。県はメスに衛星利用測位システム(GPS)機器などを装着して所在地を把握し、被害対策に活用しています。学習能力が高く、いったん集落で餌を食べると徐々に大胆になり、住居の破壊や人の威嚇にまで発展します。
全国には100群が生息する府県もあり、兵庫の生息数は決して多くありません。種の保全のため、群れの縮小や消滅に注意が必要なレベルです。集落ぐるみの追い払いや電気柵の設置を進めた上で、悪質な個体は捕獲するなど、被害とのバランスを見極めた個体数管理が求められています。