■ニホンザル(兵庫県丹波篠山市)

 雨どいをつたって、屋根の上へサルが上っていく。車が通り過ぎたのを確認すると、周囲を見回しながら畑へ忍び足。失敬した黒豆を路上で満喫した後は、木の上で柿をむしゃむしゃむさぼる。丹波篠山市には約180匹のニホンザルが五つの群れに分かれて生息。食べ物を求めて、市東部や北部で、あちこちの集落に出没を繰り返す。

墓地でたむろするニホンザルの群れ。花立ての水をすすったり卒塔婆を倒したり、入れ替わり立ち替わり20匹前後が気ままに過ごしていた。数十匹の群れが谷筋の集落を横断することも=2021年12月14日、丹波篠山市

 同市では捕獲などで個体数の管理を進め、住民も電気柵で防御を固めて対策を図ってきた。その成果か、2020年度の農業被害額は約52万円と10年前の1割に減った。とはいえ、自家用菜園、雨どいを壊されるといった被害は統計には反映し切れていない。ここ数年、エンドウ豆の被害を受け続けている岡本節美さん(同市新荘)は「そろそろ収穫、と思った頃にやられてしまう。私の方がサルのおこぼれをもらっているみたい」と嘆息する。

民家の周辺に姿を見せたニホンザルの群れ。送電線で軽やかな動きを見せたかと思うと庭で悠々と毛繕いする姿も。農業被害以外にも屋根瓦や、雨どいが損傷するなどの被害も住民を悩ませる=2022年2月15日、丹波篠山市倉谷

 丹精した作物の被害は「金額以上に心情的な負担が大きい」と話すのは、地元で獣害対策に取り組むNPO法人「里地里山問題研究所」の鈴木克哉代表(46)。過疎・高齢化で集落が細る中、野生動物がさらに住民の活力をそぐ構図だ。

秋はサルにとっても恵みの季節。畑の黒豆や庭先の柿が大好物のようだ=2021年11月24日、丹波篠山市草ノ上

 そんな中、市東部の畑地区では今年から、サルを追い払うために地区内10集落が連携しようと話し合いを始めた。「被害ゼロは難しくても、集落全体でサルと戦う意識を持ち、作物を育てても無駄という諦めを打破したい」と岡本常博・同地区自治会長会会長(70)。好きな作物を自由に育てられる集落にしたい。そんな思いを胸に、人とサルの綱引きは続く。(中西幸大)

食べ物が少なくなった冬になると、集落の畑の大根も標的に=2022年2月15日、丹波篠山市安田

個体数管理、群れ消滅に注意

 【兵庫県森林動物研究センター森光由樹主任研究員(55)=兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授、霊長類学=の話】 兵庫県では、但馬から淡路まで6地域に13群約千匹のニホンザルが生息しています。2群は餌付けされ、残る野生の11群は豊岡市、香美町、丹波篠山市、朝来市、神河町を中心に行動しています。

群れの規模は平均40匹ほど。「ボスザル」という言葉がありますが、実際に統率しているのはメスです。県はメスに衛星利用測位システム(GPS)機器などを装着して所在地を把握し、被害対策に活用しています。学習能力が高く、いったん集落で餌を食べると徐々に大胆になり、住居の破壊や人の威嚇にまで発展します。

全国には100群が生息する府県もあり、兵庫の生息数は決して多くありません。種の保全のため、群れの縮小や消滅に注意が必要なレベルです。集落ぐるみの追い払いや電気柵の設置を進めた上で、悪質な個体は捕獲するなど、被害とのバランスを見極めた個体数管理が求められています。

群れの中心となるメスに装着した発信器の電波を探る監視員。市では、住民に警戒してもらおうと、群れの位置をほぼ毎日配信している=2022年2月15日、丹波篠山市倉谷