■アライグマ(兵庫県加西市)

 ブドウ畑が広がる兵庫県加西市。収穫時期を迎えた夏、その親子は毎晩のように、どこからともなく現れる。するするっと2メートル近い木を登り、地面と水平に伸びる枝を伝って歩き始めた。樹上で行ったり来たりを繰り返し、鼻を利かせて熟した房を探しては器用な手先で袋を破り、実を食べていく。

 北米原産のアライグマ。兵庫県内では1998年に神戸市で確認された。まず神戸・阪神間で。さらに丹波、北播磨、東播磨、中播磨、但馬地域へと生息域を広げ続けている。

 夜行性で、雑食性。中でも甘い物が大好物。春はイチゴ、夏はスイートコーン。そして近年はブドウの一大生産地、北播磨で被害が増加傾向だ。

紙袋が破られ、実が食べられたブドウ。商品にならない=8月29日、加西市桑原田町

 「他の動物よりもたくさん食べるし、ここ数年は特にひどい」。加西市でブドウを栽培する内藤行基(ゆうき)さん(39)はそう話す。房にかけた袋が縦にきれいに裂けていて、中をのぞくと実がごっそり食べられている。一部が傷つけられただけでも「駄目。商品にならない」。

 古くからの常連向けに出荷しているような、高齢の小規模農家の中には、手だてが打てないまま一房も収穫できなくなり、栽培を諦める人も出てきている。「頼りにしてくれている人に『ごめんなさい』と謝る。次の年も取れんかもしらん。そうやって長年の関係が崩れていく。心が折れてまうんです」。やめていく人たちの思いを、ある農家が代弁する。

 担い手の減少とともに、ブドウ団地には雑草がうっそうと茂った放棄地が増えつつある。そこがアライグマにとっての獣道となる。

 アライグマの生息域の拡大と農業の担い手不足とが、負の連鎖を織りなしている。(鈴木雅之)

森と化した放棄地(左側)が点在するブドウ団地。就農者の減少で獣が身を潜められる場所が生まれ、被害をもたらす要因になっている=8月29日、加西市桑原田町

侵入防止の電気柵、農家の負担大

 アライグマは1960年代、愛知県内で飼育個体が脱走したことを発端に野生化したとされる。70年代には人気アニメの影響でペットとして盛んに輸入された。しかし、気性が荒いため飼育が難しく、多くが野に放たれて一気にその数を増やした。

 兵庫県森林動物研究センター(丹波市)によると、タヌキやイタチといった同じような中型哺乳類の中でも、アライグマは特に餌の採取能力が高く、農作物被害が大きい。水辺を好み、水生生物も食べるため、ニホンアカガエルなどの希少生物の生存を脅かす存在にもなっている。

 外来生物法に基づいた捕獲が進むが、対策の両輪となるのは畑を「餌場」にさせないこと。電気柵の設置が主な方法になる。

 ただ、イノシシなどに対応しつつ、アライグマの侵入を防ぐ電気柵を張るには費用的な負担が大きい上に、人手も必要になる。有効な対策を打てる農家は多くないのが実情だ。

 県の統計では2021年度、アライグマによる農業被害金額イノシシ、シカに次ぐ3番目の約4800万円に上る。