普段使いの財布には、非常用のホイッスルを付けている。「災害は心構えなくやってくる」。30年前の記憶は消えない。

 テレビドラマ化され、社会的ブームを巻き起こした漫画「逃げるは恥だが役に立つ」の作者、海野つなみさん(54)は阪神・淡路大震災が起きたあの朝、兵庫県西宮市内の実家にいた。

 「ミサイルが落ちたんかと思った」。ベッドの中で突き上げるような激しい揺れに耐えた。実家は半壊。ただ、その時点ではまだ何が起きたのかに気付いていなかった。

 外に出て、言葉を失う。ボコボコの道路に、傾いた電柱。駅前のマンションは倒壊し、若者が友人の名を繰り返し叫んでいた。

(撮影・斎藤雅志)

 すでにデビューしていた海野さんは当時、大阪で1人暮らし。震災前日にたまたま実家に泊まり、被災した。しばらくして戻った大阪で見たのは、震災前と変わらぬ日常。さほど離れていないのに、水道やガスも使えない被災地が世界から取り残されているように思え、つらくなった。

 体験はトラウマ(心的外傷)となったようだった。苦しんだのは東日本大震災が起きてからのこと。「ニュースに接するうち、しんどくなって」

 各地で続く自然災害。海野さんは、被災地支援の依頼に応じてイラストを描いている。復興への道のりは長い。それを知る一人として、自分にできることをしようと決めた。

 中学生の時に考えたペンネームが、災害を想起させるとして批判を受けたこともある。でも-。この名前でたくさんの作品を書き、被災地に心を寄せてきた。これからも、と思う。

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 震災後も、関西を拠点に活動する海野さんが見つめた30年とは。

(久保田麻依子)

■災害は心積もりなくやってくる しんどかったトラウマ、母の強さに救われ