赤穂の塩田文化施設「塩の国」を担当
■日本人らしいものづくり/SDGsの視点で再評価を
赤穂義士の忠臣蔵で知られる浅野家は、大規模な塩づくりで名をはせた大名だ。その後、長く赤穂藩を治めた森家がさらに塩田を拡大し、塩づくりの最高峰を極める。兵庫県立赤穂海浜公園にある「塩の国」は、日本遺産に認定されている塩文化を今に伝える国内最大級の塩田復元施設だ。中でも竹の枝を活用する「流下式」技術の復元は全国でも珍しい。建設に携わった元県職員の井上芳一さんは「塩の文化と竹の文化が融合した産業遺産を、SDGs(持続可能な開発目標)の視点で再評価してみては」と語る。(辻本一好)
-「塩の国」とはどんな施設なのですか。
「貴重な塩を海水から手に入れてきた日本人の塩田技術の歴史を体感してもらおうと、三つの塩田が復元されています。このうち揚浜(あげはま)式の塩田は、海水をくみ上げてまく古い製法で、石川県の能登で伝承されています。また入浜式は、潮の干満を利用して海水を取り込む方法で、江戸時代に瀬戸内海沿岸で発達しました。そして流下式は戦後のわずかな期間、各地で活躍した技術です」
-日本の塩田は1972年、国の政策で全廃されました。赤穂海浜公園の整備が始まるのはその2年後ですね。