■コロナ禍、職員の安全も担保/人間同士の同じ目線で治療
神戸市唯一の第1種感染症指定医療機関である市立医療センター中央市民病院(同市中央区)のトップ、木原康樹さん(71)は新型コロナウイルスの感染第1波から陣頭指揮を執った。就任直後に院内感染に見舞われ、病院のほぼ全機能を停止する危機に瀕(ひん)したが、態勢の立て直しに尽力、地域医療を支えた。今月末の院長退任を前に、「最後の砦(とりで)」を率いた熟練医師の信条をじっくり聞いた。(霍見真一郎)
ーなぜ医師になろうと思ったのですか。
「おやじが医者で、それしか知らなかったようなところはあります。郷里の広島県三次(みよし)市で産婦人科医院を開いていて、京都大学医学部の先輩でもあるんです。原爆が落ちたときは京都にいたようですが、直後の帰省で広島の街に入っていますし、広島赤十字病院、いわゆる原爆病院でインターンもしています。ですが生前、原爆についてあまりしゃべりませんでした。商売っ気がなく、ビジネスとしては成功しなかった。その苦労を見ていたので、2代目としてあぐらをかこうという気持ちは全くなかった」