■社会の冷たい目線、過酷な記憶/「なかったこと」にできない
1945(昭和20)年の神戸空襲で両親を亡くし、10歳で戦争孤児となった埼玉県の山田清一郎さんが昨年12月、90歳で亡くなった。戦後、路上生活を経て保護施設に収容され、中学教師となった山田さんは退職後、講演などで自らの体験を語った。ノンフィクション作家の竹内早希子さんは山田さんと交流を重ね、その半生を児童書「命のうた ぼくは路上で生きた」(童心社)にまとめた。竹内さんに当時の孤児が置かれた状況や、戦争体験を語り継いでいくことへの思いについて聞いた。(杉山雅崇)
-山田さんに話を聞こうと思ったきっかけは?
「あれは2015年ごろのことだったと思うのですが、新聞で山田さんの記事を見たんです。当時、孤児の体験を伝える講演活動をしていらっしゃって、それを伝える内容だったのですが、衝撃を受けました。私も広島や長崎の原爆や東京大空襲など、それなりに知っているつもりではいました。しかし、こんなひどいことがあったのかとショックを受けたんです。ちょうど、うちの長男が10歳で山田さんがご両親を亡くした年齢と近かった。だから、人ごととは思えなかったんです」
「でも私自身はもちろん、私の親も戦争を体験した世代ではないので、自分には書けないなと。その後もずっと山田さんのことが気になっていました。それから1年ぐらい過ぎたある朝、やっぱり聞けるうちに話を聞いた方がいいんじゃないか、と強く思って目覚めたことがありました。その日は、山田さんの母親が亡くなった神戸空襲の日でした。その後、連絡先を調べたんですが、今も導かれたような感じがします」
-山田さんに会ったときの印象はいかがでしたか。