■政治刷新、変革に期待/雇用生み出す政策必要

 日本とネパールの外交関係樹立から9月1日で70年になる。約9千人が亡くなった2015年のネパール大地震では、日本から復旧復興に向け多くの支援が入った。25年には在日ネパール人が初めて30万人を超え、兵庫県内でも約1万1千人(同年末時点)が暮らすなど、ネパールは私たちにとって身近な国になりつつある。ただ、今年3月、若い世代の反政府デモを機に30代の新首相が誕生するなど、内政の動きは激しい。8月中旬、国際協力機構(JICA)ネパール事務所を訪れ、所長の松崎瑞樹さん(52)に国の現状や課題を尋ねた。(田中宏樹)

 -ネパールは人口約3千万人の約半数が30歳未満とされます。この国の特徴を教えてください。

 「北は中国、南はインドに挟まれ、南北の距離は200キロほど。東京と名古屋の距離より短いですね。北はヒマラヤ山脈で南が平地という地形のため、経済的には圧倒的にインドの影響を受けています。二つの大国に挟まれ、これからどう発展するのかという状況です。政治に目を向けると、08年に王制が廃止され共和国となりました。15年の大地震の約半年後には新憲法を公布し、7州の連邦制に移行。一方、20年からの新型コロナ禍では経済的に打撃を受けました。そして、25年にZ世代の若者による政変が起きました」

 -政府への抗議デモでは多くの犠牲者が出ています。動きが起きた背景は?

 「ネパールでは15年から約10年間、三つの政党が連立を組み替えて政権を担い、特定の3人の政治家が繰り返し首相を務めました。政治に対する期待感は薄れ、汚職の話も伝わってきました。国内の雇用環境が悪いため、働ける場が少ないことへの不満も高まります。そんな状況下で、政府が昨年9月に交流サイト(SNS)の使用を禁じると、若者たちが不満を爆発させました。危険を感じた警察官が一般市民に発砲したことで活動がさらに激化し、大臣が暴行を受ける映像が流れ、省庁やヒルトンホテルも放火されました」

ネパール・カトマンズ市

 -そして新政権が誕生しましたね。

 「当時の首相は辞任に追い込まれ、約半年後に35歳のバレンドラ・シャハさんが新首相に就きました。元カトマンズ市長で、デモ後の総選挙で前首相の小選挙区に立候補し、SNSを駆使して大勝を収めました。彼を首相候補として擁立した新興政党も3分の2の議席を得ています。これは若者だけの支持ではなく、国民全体が期待を寄せた結果だと感じます。以前は公務員の勤務が午前10時からでしたが、新政権は午前9時から午後5時と定め、管理のため指紋認証のシステムも導入しました。会議が時間通りに開かれることが増え、行政サービスを向上させようという機運を肌で感じます」

 -ネパールは海外での生活を選ぶ人が多く、在日ネパール人は2年間で1・7倍となりました。

 「ネパールは国内産業が成熟せず、雇用を生み出せない。それが喫緊の課題でもある。根強く残るカースト制度も背景にあると思います。人生のスタート地点が一緒でなく、ネパール社会で一定の職業にしか就けないといった制約があります。仕事に就いても身分の縛りがある。そうなると海外へ目が向き、中東や欧州などへと、人が流れます。永住権を取り、ネパールへ戻らない人も非常に多いと聞きます」

 「日本は言語が難しく文化も異なりますが、安心して街を歩ける国という認識です。建設や運送、介護の業界でネパールの人材を探している日本の経営者は多いと感じます。外交的な視点では、日本にとってネパールはまだ遠い国です。例えばインドのように成長が著しく、市場が巨大で企業が進出する国とは異なります。でも、在日ネパール人が30万人を超えるなど人の行き来は本当に盛んです。日本にとって非常に大切な国で、互いを必要とする関係になっていくのではないでしょうか」

ネパール・カトマンズ市

 -JICAは15年の大地震後、さまざまな復興支援を展開しました。

 「ネパール政府と調整し、学校や病院、住宅の再建支援や一部地域の橋の建設を担いました。ネパールでは23年にも西部のジャジャルコット郡で大きな地震があり、150人以上が亡くなりました。生活水準が厳しい地域で、発生からかなりの時間がたっても学校は倒壊したままでした。過疎化が進み、予算も厳しい。そこで円借款による支援の枠組みを使って、被災地の学校11校を対象に、地元住民と今後の地域を見据えた復興を進めています。この秋にも学校が再建されるようなので見に行きたいですね」

 -今年7月、JICAの支援でネパール初のトンネルが開通しました。

 「道路インフラの整備は重要です。JICAは1990年代から、全長約160キロの幹線道路『シンズリ道路』の建設に協力してきました。今回、携わった『ナグドゥンガ・トンネル』(全長約2・7キロ)は、カトマンズと中部の観光都市ポカラを結ぶ道路にあり、円借款で支援しています。従来の山道は渋滞や地滑りが頻発しましたが、トンネルの完成で大幅に所要時間が短縮されました。首都へ向かうトンネルの開通によって円滑な物流の実現が期待でき、救急車両の通行で救える命が増えると考えています」

 「トンネル建設に携わった9割以上はネパール人で、日本の企業が技術を指導しました。シンズリ道路の整備から培ってきたネパールの技術者の経験が、これからこの国を支えていくと思います。道路は定期的なメンテナンスが必要です。そこで日本の知見をさらに生かし、トンネルの維持管理を現地の人たちが担える仕組みを作ろうとしています」

国際協力機構(JICA)が支援し、今年7月に開通した「ナグドゥンガ・トンネル」=ネパール・チャンドラギリ市

 -ネパールの課題に、これからどう向き合っていきたいですか。

 「政治が刷新され、新しい国づくりの機運が高まっています。その中で、これからの国づくりを担う人材の育成は大きな課題です。海外へ行った若者が戻ってきて、この国のために仕事ができる基盤を作ることが重要です。ネパール政府は雇用を生むための政策をもっと戦略的に考える必要があります。JICAにとっては公教育や貧困で取り残された人たちの支援に加え、国の産業育成に貢献する協力も大切な分野です。今回のトンネル建設はその一つですし、進行中の水力発電所の建設支援もそうですね。クリーンな電力を周辺国に売り、外貨収入を得て国の発展につなげることができます」

 「経済が成長する過程では、環境負荷の問題などが生じると想定されます。また、気候変動による災害が多く発生する国でもあり、対策が求められます。ほかにも大気汚染や水質悪化、廃棄物処理など課題は多くあります。全てに協力することはできなくても、今後のネパールの良い成長につなげるため、国づくりの支援を進めていきたいと思います」

【まつざき・みずき】1973年生まれ。長野県出身。98年から3年間、青年海外協力隊員としてフィリピンで活動。2002年にJICAに採用され、エジプト事務所次長などを歴任。24年8月から現職。