■多様性重視で活力取り込む/「映える」SNSで反響
東西約270メートル、南北約110メートルのエリアに中華料理をはじめ点心や菓子、食材、中国茶、雑貨などの多彩な店が軒を連ねる「南京町」。港を通じて海外から人やモノ、文化を取り入れて発展してきた神戸のまちの成り立ちを物語る。戦後の衰退した時期を乗り越え、観光地として生まれ変わろうと発足したのが南京町商店街振興組合だ。それから来年で半世紀、国内外から観光客を引き付ける力の源は何なのか。広東料理店「民生」を営みつつ、「まちの顔」として活動する6代目理事長、安達正一さん(59)に聞いた。(長尾亮太)
-安達さんが物心ついた頃、南京町はどんな姿でしたか。
「1960年代半ば、南京町で広東料理店を営む家庭に生まれました。当時は多くの華僑が店舗兼住宅に住み、うちも1階が店舗、2階が住まいでした。幼少期の原風景といえば、外国人バーがひしめき合う街並みですね。外国人バーは神戸港に入港する船の船員や、米軍艦艇の兵士らを対象にした酒場です。酔っぱらった外国人たちによるけんかがしょっちゅう起こり、うちの店も売上金を奪われたことがあります。治安が悪く、『夕方以降に女性や子どもは行ったらあかん』と言われていました。神戸中華同文学校へ進むと、貿易や真珠業などで成功した華僑が住む山手側との違いを意識するようになりました」