「ここは近代日本が海外とつながる場所でした」
8月下旬、神戸市中央区のデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO=きいと)。壇上の神戸市幹部は、建物がかつて生糸の検査所だった歴史に触れ、会場の若者らが世界で活躍する人材に育つことへの期待をにじませた。
神戸市が今夏に開いた起業家育成プログラム。国内外のITベンチャー企業21社(神戸市内2社)が参加して事業展開の勘所を学び、投資家へのアピール手腕を磨く。最大の特徴は、育成経験が豊富な米ベンチャーキャピタル「500Sta(ファイブハンドレッドスター)rtups(トアップス)」による講義や個別指導だ。
同社への対価は年間約1億円。約7割を企業からの寄付金で賄い、残りを神戸市が支援する。6月には市内でベンチャー企業幹部約700人が集まった「サミット」もあり、神戸市長久元喜造(63)がパネル討論に登壇し、その注力ぶりを印象づけた。
市長就任以来、IT起業家の育成に力を入れる久元が、2015~17年度に投じた予算総額は4億4千万円。「500-」のほか、関西学院大学などが運営を担う「神戸スタートアップオフィス」のプログラムも設け、これまで65社の起業を後押ししてきた。
「トーマツベンチャーサポート」(東京)関西地区リーダーの権基哲(クォンキチョル)(32)は「低迷する重厚長大産業に代わり、地域をけん引する成長産業を育てたいとの思いは神戸だけでなく、どの自治体も同じ」と話す。
起業家育成の拠点づくりは、全国各地で年々加速する。東京・丸の内や福岡市、大分県別府市、沖縄県沖縄市のほか、大阪・梅田でも大型複合施設「グランフロント大阪」に大阪市が設け、多彩な催しやプログラムを展開。同施設には今年7月、知的財産管理を支援する特許庁の拠点も開業した。梅田には100社以上のベンチャー企業が集まるなど、既に神戸の先を走る。
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「1%経済」
国内総生産(GDP)のシェアで1%余りを占める神戸経済はこう呼ばれる。その規模を維持・拡大するため、神戸市はさまざまな新産業政策を繰り出す。中でも「先行者利益」を持つのが、ポートアイランド2期の医療産業都市だ。
人工多能性幹細胞(iPS細胞)の研究が進む理化学研究所多細胞システム形成研究センター、スーパーコンピューター「京(けい)」など国内最高峰の研究施設と高度専門病院群を磁場として、現在約340社が集積、約9200人が働く国内最大級の「バイオメディカルクラスター」に成長した。
しかし、1532億円(15年度)とされる経済効果には「集積規模の割にまだ小さい」との指摘もついて回る。当初想定された中小企業の事業参入やバイオベンチャー育成が進まず、製造部門が育っていないことが要因とされる。一方で、大阪・中之島地区に再生医療の拠点を設ける構想が浮上するなど、大阪や京都などの猛追を受ける。
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互いに似通った分野での競争に陥りがちな自治体の新産業政策。神戸市幹部は「医療産業で先行を保つには、次々とエンジンを入れていかないといけない」としつつも、「現状はIT、IoT(モノのインターネット)、航空機産業など、投資分野のすそ野が広がっている」。地元経済団体の幹部からは「並行するレーンを走る競争では、神戸がダントツで1番になるのは難しい」との声も聞かれる。
そんな中、次世代エネルギーとして注目される液化水素を「作り」「運び」「活用する」世界初のプロジェクトが今春、神戸空港島で始動した。運搬船で液化水素を運び込み、安全に荷役する技術を実証する実験。川崎重工業(神戸市中央区)などの取り組みを市が支援し、将来的には、持ち運べる状態にした液化水素の供給網を築き、発電や燃料電池車用などの用途に使う計画だ。
その川重と医療用検査機器メーカー・シスメックス(同)の共同出資企業「メディカロイド」(同)が医師の内視鏡手術を支援するロボットの開発で世界市場に挑戦する。3月に発売した手術台に続き、19年度には手術支援ロボットの発売を目指す。
「神戸の優位性は、重厚長大産業が長年かけて積み重ねてきたものづくりの経験」と兵庫県立大教授(都市経済)の加藤恵正(65)。「成長分野でその強みが発揮できたとき、神戸ならではの新しいものが生まれるに違いない」
=敬称略=
(長尾亮太)