学校卒業後も競技に打ち込めるアスリートは一部に限られる。「働きながらでも続けたい」。そう願う選手を受け入れる企業が、兵庫県内でじわりと増えている。雇用先にとってスポーツ活動を支えることは社会貢献の一環だが、熱心な働きぶりで業績に貢献する選手もいる。（有島弘記、金山成美）

　観賞魚用飼料メーカーで国内シェアが５割を超えるキョーリンフード工業（兵庫県姫路市）。２０１６年、社会人クラブ「ＡＣ播磨イーグレッツ」の女子バスケットボール選手２人を正社員として同県福崎町の自社工場に迎え入れた。

　「選手の多くは競技のことで頭がいっぱい」。他社の評判を聞いていた山本直之常務（５８）は当初、２人が競技に専念できる環境を確保しようと、飼料が入った袋に破れなどがないか確かめ、段ボール箱に入れる軽作業を任せていた。

　だが、袋詰めの機械が止まるたびに別の社員を呼んで調整してもらう様子を見ているうち、選手自ら「自分たちで調整もできれば生産量を上げられます」と志願した。

　工場長らは「女性は機械が苦手」と思い込み、現状維持を続けたが、半年後に意見を取り入れると１日の生産量が１・７倍に。タッチパネルを操作して梱包（こんぽう）ラインを動かし、スパナで機械の細部も調節した。山本常務は「技術の習得が早く、常にスキルアップも意識している」と驚く。人事評価も「逆に失礼」と、アスリート枠ではなく一般社員と同じ基準に改めた。

　選手の採用数は増え、現在、バスケチームから春の新入団を含む１１人、同じＡＣ播磨の女子フットサルチームからも２人が同社で働く。引退選手を含めると、今や配属部署の実に６割を占める。選手はフルタイムで働いた後、地域の体育館などで練習に打ち込む。

　春でバスケチームに加入して３年目の白崎みなみ主将（２４）は「生産率を上げるために目標を決めることはバスケと同じ」ときっぱり。選手の発案で日々、生産量の達成数値を掲げ、コロナ禍の巣ごもりで急増した需要にも即応し、業績は好調だ。

　とはいえ、課題もある。バスケチームは、現在の西日本地域リーグから国内最高峰「Ｗリーグ」の参入を目指しており、実現すれば選手の軸足は競技優先に傾く。同社にとって頼りになる戦力が離脱することになるため、山本常務は「もう心配しています」と嘆く。

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　新たに受け入れを決めた企業もある。

　鶏卵販売加工の籠谷（高砂市）は今春、陸上選手を採用した。女子棒高跳びで日本選手権２連覇中の那須真由選手（２４）ら国内トップクラスの３人で、いずれも園田学園女子大出身だ。同社が同大学の食物栄養学科の学生とマヨネーズを共同開発した縁から入社が決まった。

　同社は今年、創業１００周年。アスリートの雇用は初めてだが、１９８３年から自社で柔道大会を開くなどスポーツへの理解は深い。栗原直樹社長（５７）は管理栄養士の資格を持つ選手がいることを踏まえ「アスリート向けに優良なタンパク質が取れる鶏卵商品を開発してみたい」と展望を語る。

■ＪＯＣの紹介事業も窓口に　利用活発、開始１０年で３２８人

　アスリートの競技生活を支える企業の採用は、日本オリンピック委員会（ＪＯＣ）の職業紹介事業「アスナビ」を通じて活発になっている。開始１０年ほどで、実績は２０６社・団体の３２８人になった。

　明石市のゴムメーカー「シバタ工業」は事業を利用し、陸上女子走り幅跳びのトップ、秦澄美鈴（すみれ）選手（２４）＝武庫川女子大出＝を雇用している。

　アスナビは各競技団体の強化指定選手に加え、五輪やパラリンピックの経験者が利用できる。新型コロナウイルス禍で採用抑制の動きが出ているが、ＪＯＣの担当者は「企業の要望に合う選手をピンポイントで提案していきたい」と力を入れる。

　兵庫県体育協会も、地元で競技を続ける環境を整えようと昨年１２月、アスリート雇用で先行する県内企業を紹介するフォーラムを初めて開催した。担当者は「非常に好評だった」として継続開催を目指している。（有島弘記）