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第6部 不思議巡り

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 落雷を除け、災厄を避けるときのおまじない「くわばらくわばら」。そのルーツは兵庫県三田市桑原のお寺にあった。そして、兵庫で生まれ、京都に迫ったカミナリ雲を指した愛称「丹波太郎」。兵庫のカミナリにまつわる不思議を訪ねた。

雷の太郎 くわばら桑原
風神雷神の柱巻きが色鮮やかな欣勝寺の本堂。「くわばらくわばら」の雷よけのご利益を求め、多くの人が訪れる=三田市桑原(撮影・大山伸一郎)
風神雷神の柱巻きが色鮮やかな欣勝寺の本堂。「くわばらくわばら」の雷よけのご利益を求め、多くの人が訪れる=三田市桑原(撮影・大山伸一郎)

 兵庫県三田市桑原の欣勝寺(きんしょうじ)。谷口真弥住職(56)が、寺に伝わる民話の紙芝居を読み進める。広い本堂に響く太鼓がBGMだ。

 「『雷さん、ここは桑原むらやで』『ここは桑原、欣勝寺。くわばらくわばら欣勝寺』と、雷が落ちないようまじないをとなえるようになったんやて」

 おしまい。子どもたちがふうっ、と息をつく。

 くわばらくわばら。辞書にはこうある。「雷鳴のとき、落雷を避ける呪文。忌まわしいことを避けようとするときにも唱える」

 ルーツの一つとされるのが、この寺だ。

 雨を降らせようと、空の上で張り切りすぎた雷の子が足を滑らせて寺の井戸に落っこちた。和尚がふたをして閉じ込めると、雷の子は「助けてー。二度と桑原村には落ちませんから」。和尚が逃がしてあげたので、雷の親は感謝し、今日まで約束を守っている-。

 で、本当に落ちないの?

夏育つ やんちゃな男児
藤坂政美さんが丹波太郎、山城次郎、比叡三郎をイメージして制作したオブジェ。山の向こうから壮大な入道雲が迫り、激しい雷雨をもたらす=京都府亀岡市保津町
藤坂政美さんが丹波太郎、山城次郎、比叡三郎をイメージして制作したオブジェ。山の向こうから壮大な入道雲が迫り、激しい雷雨をもたらす=京都府亀岡市保津町

 入道雲が、山の向こうから見る見るせり出してきた。

 まだ幼かった藤坂政美さん(89)=京都府亀岡市=は、安政5(1858)年生まれの祖母から、庭に干したもみを急いで片付けるよう言われた。「それ、はよせんと、丹波太郎が来(く)っぞ。雨が降るぞ」

 雲は見る間に上空を覆い、辺りは真っ暗に。稲光がきらめき、ゴゴゴゴゴゴ、ドーーーン。「予言」の通り、たたき付けるように雨が-。

 夏空の積乱雲は、各地で雄大な姿を表す「太郎」の名で呼ばれた。「くわばらくわばら」伝説の欣勝寺(きんしょうじ)がある三田市の隣、丹波にいたから「丹波太郎」。

 「夏、丹波の山から京や大阪に来ては雷雨を降らせた。すくすく育ったやんちゃな男の子に例えたのでは」と、京都出身で京都学園大人文学部の丸田博之教授(60)。

 いま、その名を知る人はほとんどいない。同じく京都出身で、京都府方言辞典をまとめた神戸市外国語大の中井幸比古(ゆきひこ)教授(60)=日本語学=も「文献で知るだけ。直接聞いたことはないし、周りに知る人もいない」と話す。

 中井教授によると、丹波太郎に関する最も古い記述は、俳人で歌人の北村季吟(きぎん)が江戸前期の1656年にまとめた俳諧連歌集。俳句の世界ではいまも使われている。

 井原西鶴も文芸作品「好色一代男」に登場させるなど、当時の京、大阪では広く用いられていたようだ。

温暖化影響? 増える雷
避雷器メーカーの実験で、室内に880キロボルトの人工稲妻が出現。分かっていても震える=尼崎市潮江5、音羽電機工業
避雷器メーカーの実験で、室内に880キロボルトの人工稲妻が出現。分かっていても震える=尼崎市潮江5、音羽電機工業

 雷の太郎は、丹波の専売特許ではない。東は坂東、信濃、西は備中、備後、石見(いわみ)、安芸、阿波、伊予、豊後、日向などの地名に付けられ、主に隣国の人が呼んでいた。

 「丹波が違うのは、南の『山城次郎』、東の『比叡三郎』など兄弟がいた」と中井教授。♪かみなり3兄弟…どころか、文献によっては奈良次郎、和泉小次郎、近江小太郎、摩耶九郎、在間(ありま)(有馬)三郎なども。近畿の雷は子だくさんだった。

 赤穂市育ちの気象予報士、中島肇さん(81)は、京都地方気象台に勤めていた1983年、同僚が「丹波太郎や山城次郎、和泉三郎がいて、予想が難しい」と話していたのを覚えている。

 近年、雷は増えている。気象庁によると、全国15カ所で観測された日数を81~2010年と11~17年の平均で比べると、11カ所で増えた。

 日射で熱せられた地面の空気が上昇して積乱雲になり、雷を起こす。避雷器メーカー音羽電機工業(尼崎市)の工藤剛史さん(41)は「詳しくは未解明だが、地球温暖化との関係を指摘する声もある」と話す。

 神戸は微増だが、中島さんは「兵庫は南北を海に囲まれ、海からの風が中心部の盆地などに集まって雷雲が起きやすい」とみる。

 音羽電機工業によると、近年、夏の兵庫県内では丹波、篠山、西脇の各市と多可、市川の両町に雷が多い。人口の多い都市に近い地域で急成長して強烈な雷雨をもたらす。長男格とされただけに、丹波の雲はほかよりも印象を残したのだろう。

三田・桑原 神通力は健在
「くわばらくわばら」発祥の地・欣勝寺で、谷口真弥住職が紙芝居を読み上げる。これ以上ない説得力だ=三田市桑原
「くわばらくわばら」発祥の地・欣勝寺で、谷口真弥住職が紙芝居を読み上げる。これ以上ない説得力だ=三田市桑原

 「ここらでは、摂津から六甲山を越えてくる雲を丹波太郎と呼んでいた。農業が機械化される前の昭和20年代くらいまでは言ってたかな」

 冒頭の藤坂さんの出身地・亀岡は京都市の西隣。かつての丹波国だ。

 「天気予報もない時代、空模様は暮らしに直結する身近な存在。洪水を起こすが、恵みの雨も降らせる。『次郎や三郎とけんかすんなよ』とか、どこか親しみも込めていたね」

 三田市桑原の農業山本茂さん(87)も「学生時代、多紀郡(現篠山市)の同級生が夕立のことを『丹波太郎が降るんじぇー』と言っていた」と証言する。

 江戸時代の丹波柏原の俳人で、京でも過ごした田捨女(でんすてじょ)に太郎の句がある。中井教授は「都市で広まり、丹波に逆輸入されたケースもあったのでは。明治以後、旧国名が消えて急速に廃れていった」とみる。

 さて、もう一つ廃れかけている「くわばらくわばら」。桑原の神通力は、いまなお健在なのか。

 「雷が落ちたこと? ないない。桑原には落ちひんさかい、怖いとは思わん」と山本さん。4年前、欣勝寺の本堂を建て替えた際に業者から避雷針を勧められたが、檀家(だんか)一同、「そやから落ちひんねん!」。

 丹波太郎ならぬ、怒りの?雷が落ちたとさ。

(記事・佐伯竜一、写真・大山伸一郎)

余白の余話
神戸新聞NEXT
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 コラム「あ・ん」で、丹波太郎の情報を募ったところ、はがきや封書、メールをいただいた。ありがとうございました。歴史の黒雲に埋もれかけた「太郎」や「くわばら」に、少しは稲光を当てられただろうか。

 取材は、特に80歳代の証言に助けられた。「同世代も言ってたけど、病気だったり亡くなったり。話せるのはもう私くらいかな」。いま、ここでしか聞けないことがある。伝えていく大切さを改めて感じている。

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