■引き継ぐもの最小限に
鉄鋼会社に勤めていた男性(70)の自宅は、和歌山県北部の田園地帯にあった。敷地は約600平方メートル。母屋と納屋には、家族と来客用の布団30セットや多くの整理だんす、長持ちなどがあった。
「自然豊かで知り合いも多い。できれば住み続けたかったんだけどね」。男性は4年がかりで生前整理をし、家や土地、家財を売却。昨年3月、長男(34)の家に近い加古川市内に中古物件を購入した。
和歌山の自宅は父親が戦前に購入、男性の生家でもあった。結婚後は男性夫婦と子ども3人、両親が暮らし、親戚も大勢泊まりに来た。だが、18年前に父親、7年前に母親が他界。長男は就職先の加古川でマイホームを購入し、娘2人も遠方に嫁いだ。家を継ぐ人もなく、夫婦2人暮らしになった。
家財が多いだけでなく、庭や生け垣の手入れ、排水溝の掃除は年老いた身には大きな負担。固定資産税も重くのしかかる。広い家の維持・管理は老夫婦にとって難しくなった。「分家の叔父たちが生きていたら怒ったかもしれないが、子どもたちに負担をかけるわけにもいかなかった」
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古い家財はトラックでごみ処理施設に運んで捨てた。手が止まったのは、30冊を超えるアルバム。3LDKの戸建て住宅には置けない。結局、子どもたちの分を除いてほとんど捨てた。「じっくり選ぶと情が移ってしまう」と割り切った。
自分が若い頃の写真もなく、両親の写真は遺影だけに。「先祖とのつながりを捨てるようでつらかった。でもいつかは、子孫の誰かが処分することになる。次世代に引き継ぐものは最小限でいい」
捨てられないものもあった。趣味で集めたコインは全て持ってきた。妻も自分の洋服は捨てられなかった。男性は「大切な物を整理するのは、やっぱり難しい。これからまだ生前整理を続ける必要があるかも」と苦笑した。
現在は近所を散歩したり孫の送り迎えをしたりして新生活を満喫している。古希を迎えて外出する機会が増えた。「物を手放して心が軽くなり、自由になった気分。昔の写真は減ったが、これからは孫4人の写真が増える」。男性が笑顔を見せた。
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生前整理をするのは容易ではない。そのため作業を肩代わりする業者もいる。
宇仁菅(うにすが)真志さん(49)=加古川市=は寺の住職と、遺品・生前整理サービス業者の顔を併せ持つ。
9年前の正月に檀家(だんか)を訪れた際、8畳の部屋を、衣類などの入った段ボールが埋め尽くしていた。高齢女性は、夫を亡くして間がなく「夫の面影があって捨てられない。どうしたら…」とうつむくばかりだった。「知識がないため『業者に頼んだら』と答えるしかなかった」
僧侶としては珍しく、遺品整理や生前整理を請け負う会社を立ち上げた。「遺品整理は、家族にとって2度目の別れ。残された家族の痛みを少しでも和らげたい」。遺品処分の前、宇仁菅さんはじっと手を合わせ、お経を上げる。(本田純一)
2019/1/16