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(1)段差 危険だらけの生活”我慢”
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 「あっ」と思った瞬間、狭い浴槽の中であお向けに転んだ。湯を浅く張っていたのであわてた。「裸で死んだらみっともない」。仮設住宅の浴槽で、西岡孝子さん(86)の頭をそんな思いがかすめた。入居して一カ月目、初めての入浴だった。その後一カ月間、ふろを我慢し続けた。

 神戸市西区の造成地。プレハブ建物が見渡す限り並ぶ。千六十戸が建つ市内最大規模の仮設西神第七住宅。

 西岡さんは独り暮らしで子どもはない。関節炎と骨そしょう症を抱え、右ひざに人工骨を入れている。四月二十五日にこの仮設住宅に移ってきたが、一番困ったのが室内の段差だった。

 ユニットバスは高さ五十センチほど。手すりもなく、足の不自由な西岡さんには危険で、利用できなかった。五月末、木ぎれを踏み台に、ふろに入って、中でひっくり返った。「いざって時、つかまるところがないんだもの。一カ月入らへんと汗まみれ。いよいよになって、ヘルパーの協会に電話さしてもらったの」。六月末、西岡さんは、訪問してくれた入浴介助のホームヘルパーに、興奮した口調で訴えた。

 ユニットバス出入り口にも高さ約三十センチの仕切りがある。これもつらい。西岡さんはヘルパーに勧められ、入浴時に使うマットを購入した。今はヘルパーの介助を受けて入浴できる。それでも週一回だ。

 仮設住宅での住みにくさは、ふろの問題だけではない。敷地内は砂利を敷いた砕石舗装。つえをついて歩くが、先を石にとられ歩きにくい。骨折が心配で怖いという。

 家事ヘルパーが週二回、買い物をし、料理を作ってくれている。元住んでいた町では散歩もしていたが、仮設住宅に移って、ほとんど外に出ることがなくなった。

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 同市東灘区のボランティアグループ「東灘・地域助け合いネットワーク」が、ユニットバスと床の段差解消に使う踏み台約三百個を用意して、希望を募った。同区内の約九百戸から応募はがきが送られてきた。抽選会を開いて、割り当てるほかなかった。

 画一仕様の仮設住宅。兵庫県住宅建設課は、入居者に対応して改造したり、車いす利用者のために通路を簡易舗装する必要があるとしている。しかし、まだ要望調査の段階だ。そのための費用も「今のところ、仮設住宅建設費として割り当てられた範囲内で」という。いつ、できるか。どれだけ改善が進むのか。まだ決まっていない。

 西岡さんはいう。「これはね、しばらく我慢してくださいという建物なんです」

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 震災から半年が過ぎた。家を失った被災者のために、兵庫県内外で四万八千三百戸の仮設住宅が建設されている。神戸市では、その半数が郊外に建てられた。被災者の多くは住み慣れた町から遠く離れ、設備も不十分な中で暮らすことになった。仮設の町で暮らす高齢者らを追った。

(網 麻子)

1995/7/26
 

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