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借家めぐり絶えぬ紛争 「半壊」理由に 仮設、市住も不可
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 震災から一年五カ月。被災地では借家をめぐる借家人と家主の争いが今も絶えない。兵庫県内の裁判所に持ち込まれた震災関連の調停二千七百件の大半は借地借家の争いで、調停不調の後、裁判となったケースも多い。立ち退きを求められながら、仮設住宅にも入れず、壊れかけた借家に住み続ける借家人。低所得者や高齢者に転居する力はない。借家人の現状を、尼崎市で追った。(荒川 克明)

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 「こんなことなら長生きするんやなかった。もうすぐ死ぬからそれまで住まわせてほしい」。家主から立ち退きを迫られ、訴訟を起こされているA子さん(83)は漏らした。

 木造アパートは十八世帯が住んでいたが、全壊判定で十三世帯が転居、A子さんと、別世帯の病弱な妹(81)、通院しながら新聞配達で暮らす女性(67)ら、高齢者ばかり五世帯が残された。

 家主から明け渡しを求められたのは地震直後。「半壊」と思っていたところ、家主の公費解体申請が認められた。

 家主は「お互い被災者。事情は分かるが、基礎まで被害を受け、安全を保証できない。再建する余力もなく、立ち退いてもらうしかない」と話す。家主は借家のあっせんもしているが、最低四万円はかかる。A子さんの妹は「月四万三千円の年金では二万の家賃が限度。ここを出れば住むところがない」と訴える。

 JR尼崎駅北側で、一棟二戸の借家にいた無職男性(62)は昨年末、家主から明け渡しを迫られた。

 築六十年。かわらが落ち、壁にひびは入ったが、基礎に被害はなかった。男性は「半壊」の義援金を受け取り、仮設住宅や市営住宅への入居は「半壊」を理由に断られた。出る先はなかった。

 話し合いに応じない家主に対し、尼崎簡裁に補修を求める調停を申し出た。百五十万円の立ち退き料で明け渡しを勧められたが、故郷の京都に戻って生活を再建するには、引っ越し代も含めると到底足りない。他の借家も探したが、今より高い家賃は、年金に頼る家計を圧迫する。

 六回の調停で、男性が修理費を負担、家主は家賃を五年間据え置き、空き家部分を公費解体することで合意した。しかし、その後も補修の方法をめぐって家主との争いは絶えない。

 家主の主張にも理由があった。昨年三月、市は「半壊」と判定したが、家主は固定資産税の減免を申請。五月に「全壊」と改められ、公費解体が認められた。

 「最初から全壊なら仮設住宅に入れたのに。気まずさだけが残った」と、男性はやり切れなさをぶつけるようにつぶやいた。

 借地借家問題に取り組む上原邦彦弁護士は「古い民間木賃住宅に頼り、仮設住宅にも入れなかった低所得者や高齢者、病弱な人が借家問題で苦しんでいる」と現状を話す。

 担当する震災関連訴訟の大半が立ち退き問題で、「今春以降、民間借家に余裕が出始めたが、家賃は倍以上になった。保証人の問題もあり、高齢者には転居は難しい」。家賃三万の文化住宅が震災の修理で、六万円に跳ね上がったケースもあったという。

 上原弁護士は「国費による個人補償が急務だ。被災者同士が争う裁判は、社会正義といえない。勝訴したところで疑問が残る」と、公的支援策の必要性を指摘している。

<メモ> 神戸地裁と兵庫県内7簡裁に持ち込まれた震災関連の民事紛争は、5月末現在、調停2755件、訴訟598件。借地借家問題が多くを占める。調停は昨年4、5月の300件台を最高に減少しているが、訴訟は全体的に横ばい傾向。今年5月も26件あった。罹災都市法に基づく借地借家の問題で、借地権価格の設定などを裁判所に求める「非訟事件」の件数は、ピークが昨年10月の16件、総件数は130件。

1996/6/17
 

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