二十日朝、JR東京駅前。「東京でも地震はいつ起こるかわかりません。そのための法律をつくりましょう」。市民立法案の参院提出を前に、夜行バスで到着したばかりの被災者らは通勤客に呼びかけた。
しかし、人の波は急ぎ足で過ぎる。ビラを受け取る人は少なかった。移動した国会周辺で、熱心に耳を傾けたのは、沖縄の米軍基地や諌早湾干拓問題に取り組んでいる人たちだった。
「公的支援」は、東京でも保谷市議会などが意見書を可決している。「市民立法案をよく討議し、日本最初の『民政立法』として成立させることを要望する」(茨城県つくば市)など、被災地の議会より踏み込んだ内容もある。が、市民の反応の鈍さ。被災者の一人は「どこでも起こりうる問題なのに」とつぶやいた。
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同日午後、作家・小田実は会見で、阪神大震災を機に、今後の災害に備える恒久法の必要性を強調した。「財源」の問題も念頭に「支給額は極めて柔軟に対応したい」としながらも、三つの原則は外さないと、(1)恒久法(2)そ及適用(3)市民発議・を挙げた。
市民立法案は「災害弔慰金法の改正案」として提出されたが、弔慰金法は、一九六七年の新潟の集中豪雨をきっかけに制定された。
豪雨の中を出かけた参院議員の父と、母、息子二人を一挙に亡くした佐藤隆は「悲しみと怒りをどこにぶつければいいのか」と、弔い合戦で出馬。当選後、法案づくりに尽力し、七四年一月に災害弔慰金法が施行された。
新潟豪雨に適用されなかったが、半年前の夏、沖縄などを襲った台風3号被害にそ及された。
法制度に詳しい関係者は「見舞金は死亡・障害が対象だが、家屋被害は時がたつと回復する。理屈としてそ及は無理ではないが、政策的な問題がある。二年以上さかのぼれるかという問題もある」と指摘する。
市民立法案づくりを進めた弁護士・伊賀興一は「理論的にそ及は問題ない。被災者を救う行政の施策が、目的を達していないから新たな制度がいる。その被災者を対象にするのは当然だ」と反論する。
法案の直接給付は「全・半壊世帯」。り災証明が目安となるが、判定には不満が多い。伊賀は「自治体が判定委員会、不服に対する審査機関を設ける必要はあると思う」と話す。
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法案が幅広い理解を得るにも、将来の備えという位置付けが欠かせない。が、現実の被災者を救う仕組みもまた欠かせない。
四月末、地元選出の国会議員を対象に兵庫県が開いた「生活再建基金案」の説明会。
案が今後の災害を対象にし、阪神大震災へのそ及に触れていないことを知った参院議員・本岡昭次は「じゃあ、今の被災者はどうなる」と語気を強めた。県は「恒久制度の国民的合意が得られれば、今の被災者は十分かという議論に必ず戻ってくる」と説いたが、本岡は納得しないまま。
説明会終了後、本岡に駆け寄った県幹部は「結局、目指すところは議員と同じですから」と頭を下げた。
「そ及は難しい」と阪神大震災に限った野党三党案をつくった新進党衆院議員・冬柴鉄三も「今、特別法をつくれば、今後の災害の手本となる」と話す。
二十四日現在、法案は提出した状態にとどまったまま。国会は具体的な論議を始めようとしていない。
(敬称略)
1997/5/25