新進など野党三党が、公的支援法案を提案した十四日前後。国土庁長官・伊藤公介(自民)が兵庫県に電話を入れた。知事・貝原俊民は海外出張中で、理事(災害保障制度担当)の和久克明が応じた。
「自民は法案をつるす気だ。こっちも手ぶらじゃ困る。一応タマを用意しないと」
伊藤が「タマ」と表現したのは、兵庫県が提唱する公的支援の基金案。伊藤は「難しい県があれば、こちらから電話をかけてもいい」と続けた。
基金案は災害に際し、生活支援のため全壊世帯に百万円、半壊に五十万円を給付する基金を創設、費用は国と都道府県が負担する内容である。
公的支援という意味では、国会に提出された市民立法案と野党三党案と並ぶ「第三の案」ともいえる。
和久は「基金案は二つの法案に対抗する性格のものではない」と念押しするが、可能性がある案として、基金案を政治的な流れの中に置こうとする長官の意向を感じた。
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この春、市民立法の動きに触発されるように、基金案の検討は急速に進んだ。
県は従来、住宅所有者が掛け金を支払い、住宅再建に最高千七百万円の保険金を出す災害共済制度を提案。全労済協会などと二月、二千四百万人分の署名を総理に届けた。が、官邸側は慎重な姿勢を崩さなかった。
その日を境に、県は共済と基金の「二本柱」を主張しながらも、当面の軸足を基金に移していく。
四月十一日、国土庁で伊藤と会った貝原は、協力を求め、伊藤も「全国知事会で、基金創設の方針が決まれば、国としても受け止める」と答えている。
七月の知事会総会、そして九八年度の概算要求へ。目下の舞台は、静岡県知事が委員長を務め、二十二都道府県が参加する知事会地震対策特別委員会である。
だが、その知事会でも水面下で、綱引きが続く。
知事会事務局から同特別委委員の都道府県に、一通の文書が届いたのは約一カ月前。基金が自治体の財政負担を招くことなどを指摘、被災者への貸し付けを主体とする現行制度内での対応を示唆する内容だった。
しかし、文書は同じ委員の兵庫県にだけ届かなかった。県側は「兵庫県案つぶし」と反発。知事会事務局は「独断だった」と釈明したが、背後に地方財政の悪化を懸念する自治省の存在を感じ取る関係者も多い。
県副知事から参院議員に転じた芦尾長司は十六日、旧知の自治省幹部を訪ね、基金案の感触を探った。そこでも、案の評価は一般論に終始。政府や省庁間の論議は一向に進んでいないことをうかがわせた。
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市民立法案の国会提出について、貝原は「何千億とか、兆を超すお金を出せるのかという議論はあるが、出すべきだと思う。政治決着しかない。市民法案と、野党三党案の一本化をお願いしたい」と、収れんに期待を寄せる。「基金案も各省に負けない理論武装をしているが、政治的な支援がないと難しい」
基金案の対象はあくまでも「将来の災害」である。制度ができても、次のステップとして、阪神大震災へのそ及の問題が浮上する。
貝原や神戸市長の笹山幸俊らは二十七日、基金案の実現を求めて上京する。しかし、総理、閣僚のうち面会の日程が決まっているのは、まだ伊藤だけである。
(敬称略)
1997/5/24