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(9)「私」を超えて すべては、そこから…
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 東京のコンサルタント事務所に、未公開の五冊のファイルがある。

 震災翌年の九六年三月、神戸市が地域防災計画を改定した際の議論が収められている。四年前、いつか必要になるから、と市の職員から保管を依頼された。

 市はこの時、震災を経験して、できたこと、できなかったことを各部局から細かく吸い上げ総点検した。

 改定前の被害想定は甘くなかったか。初動の対応に反省材料はないか。「できなかったこと」には、行政の失敗と自己批判が詰まる。だが、神戸市にその記録はない。知るすべは、このファイルしかない。

 事務所代表の渡辺実さんはいう。

 「今後の防災に生かすには、震災の明も暗もすべてをオープンにすることが重要だ。特に、行政がどう考えたかを開示することが、次に生きる」

 役所の中では、次第に忘れ去られ、記憶が薄れていく現実を前に、渡辺さんは危機感を抱く。「失敗と自己批判の“負の部分”がそれを妨げている」とみる。

 「私たちの社会は、失敗の経験が表に出にくい。どう乗り越えたかではなく、そもそも失敗があったことがマイナスの評価につながるからだ」。日本社会に根付くこの価値観を変える勇気が、実は官と民を結ぶ上で欠かせない、ともいう。

 今、事務所は三月に発行予定の神戸市生活再建本部の記録作業にかかわる。その傍らで、もう一つの記録作りを検討している。

 仮設住宅のケアを担当した職員の悩みや取り組みを集め、職員の肉声から、施策の背景を浮かび上がらせる。事務所のメンバーは「裏の記録」と呼ぶ。

 「eトーク・さっぽろ」。札幌市が昨年十月にホームページに設けた電子会議室だ。行政職員と一般市民が意見を交える。実名明記が原則だ。

 桂信雄市長は「公共的なことは、すべて行政が取り組まなければならない、という思いが、私たちの側にありました」と発した。

 理由に市財政の悪化がある。だが、市はこれを機に、市民に財政負担を求めるだけでなく、小さな地方行政をめざし、共に市政を担っていくことを明言している。

 会議室に男性が声を寄せる。「行政が市民に『まかせてください』という時代から、情報をオープンにし『みんなで考えてください』という時代になった」。人口百八十万人。合意形成は容易なことではない。が、ともかく踏み出した。

    ◆

 「自分たちでまちをつくっていいなんて、思いもしなかった」

 兵庫県の被災者復興支援会議2のメンバーで、西宮の元ボランティア団体代表の石井布紀子さんは、この五年の活動から語った。

 「私たちの声がどう生かされたのか。それが見えると、もっと声を出していいんだという実感につながる」

 支援会議2には、八年前、尼崎市議会のカラ出張問題で市政を追及し、議会を自主解散に追い込んだ市民グループの代表、中村大蔵さんもメンバーに入る。行政は、被災地の復興に中村さんの声を必要とした。中村さんも「あの揺れで考え方が変わった。震災のことなら」と応じた。

 これまでの対立関係が、溶けていく。

    ◆

 来世紀のテーマに「個人の確立と新しい公の創出」を掲げる河合隼雄・京都大名誉教授。このシリーズでは、その言葉を手がかりに、新しい公共づくりにかかわる人たちを追った。

 河合さんは、こうした動きが二十一世紀を切り開くと語る。「官も民も、すべて『個』からなる。一人一人が公の立場を経験することが、『個』の確立につながる。高い判断力が求められるが、その積み重ねが、歴史にはなかった独自の市民社会をつくると確信する」     (社会部・大町 聡、森玉 康宏、長沼 隆之、小山 優

=おわり=

2000/1/12
 

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