メモ
神戸新聞 2004年10月21日付 朝刊最終版から
-大型で強い台風23号は二十日夕、兵庫県に最接近、県内全域を風速二五メートル以上の暴風域に巻き込み、各地に二〇〇-三〇〇ミリの大雨をもたらした。二十一日午前一時現在、美嚢郡吉川町の女性ら六人が死亡し、十一人が行方不明になっている。
午後二時、雨が強さを増した。兵庫県津名郡津名町の国道28号沿いの自宅で土産物店を営む久我真徳さん(65)は、臨時休業を決める。
魚を買い付けるための百五十リットル水槽が、久我さんの「雨量計」だ。台風のたびごとに、自主避難の目安にしてきた。
裏山の斜面から流れ落ちる水が茶色く染まり始める。二時間後、深さ七十センチの水槽があふれた。経験のない雨量だ。
「ここはもうあかん」
妻と長女に告げ、三人で自宅を飛び出した。
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午後三時半。兵庫県津名郡一宮町でカフェバーを営む亀井啓さん(33)に消防団の招集がかかる。法被を着込み、近くの詰め所に駆けつけた。
無線が鳴る。「民家に土砂が流れ込んだ」。分団長の軽トラックに同乗し、山間部の現場に向かった。豪雨で前はほとんど見えない。急ブレーキ。目の前で道が崩れ落ちていた。阪神・淡路大震災で被災したときの記憶がよぎった。不思議と恐怖は感じない。
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京都府与謝郡伊根町の三野伊久枝さん(29)は出産準備で、京丹後市久美浜町の実家にいた。二十日が出産予定日だった。午後六時すぎ、近くの川があふれて水が浸入してきた。大事をとり、両親と長男(2つ)とともに、掛かりつけの公立豊岡病院に向かった。
兵庫県豊岡市内はすでに国道が冠水。回り道をしながら円山川沿いの病院を目指すが、どのルートも途中で足止めされる。
周囲は真っ暗で引き返そうにも土砂崩れで戻れない。強風で軽自動車がグラグラと揺れる。たどり着いたコンビニエンスストアには、避難者が大勢集まっていた。おなかが時々痛む。「どうか、今は出てこないで」。ひたすら願った。
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午後八時。神戸市西区の自宅でニュースを見ていたNPO代表、吉村誠司さん(39)は、兵庫県内で台風被害が拡大しそうだと直感する。
東京都国分寺市議だった一九九五年一月、阪神・淡路のボランティアとして神戸市に駆け付け、同市に定住。新潟・三条市などの豪雨災害では、趣味のカヌーで被災者を運んだ経験もある。
「取り残される住民が出るに違いない」
すぐに出発の準備にかかった。
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水が流れ込むまちで、土砂が迫る集落で、人々は懸命に事態に対処しようとした。十年前の「あの日」のように、数々の支え合いもあった。みぞうの水禍をもたらした台風23号の襲来から一カ月。被災地での人々の動きを追った。
2004/11/20