もしも深夜の海に浮かぶボートに一人で取り残されたら、どんなに心細いことだろう。兵庫県加古川市の電気設備会社に勤務する崎野淳さん(39)は、実際にそんな体験をした。
崎野さんは兵庫県豊岡市での光ケーブル設置工事のため、七月末から兵庫県出石郡出石町に滞在。十月二十日は午後から同町のホテルに待機していた。
午後七時半、親会社から「復旧工事に備えるため、出石町大谷の事業所に向かってほしい」と連絡を受ける。十分後、二トントラックで出発した。
視界をさえぎる豪雨が方向感覚を狂わせ、事業所とは逆の方へと向かってしまう。国道482号を東に走行中、突然センターラインがなくなった。次の瞬間、水に突っ込み、車が停止した。
携帯電話で一一〇番したが、自分の居場所が分からない。車が流され始める。道路より一メートルほど低い田んぼに落ち、運転席に水が流れ込んだ。工具でガラスを割り、屋根に上る。水は屋根のすぐ下まで迫っていた。
車内にあったロープを体に結び付け、一方を運転席のフックにかけて流されないようにした。街灯は消え、周囲は完全に闇に閉ざされた。
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トラックから五十メートルほど離れた靴製造所では、社長で地元消防団副分団長の畑村忠男さん(47)が二階に避難し、国道を挟んで約三十メートル離れた自宅にいる妻孝子さん(45)と携帯電話で連絡を取り合っていた。
午後九時半ごろ、「誰かの声がする」と忠男さんが外を見ると、水中で車のハザードランプが点滅していた。懐中電灯を向けると、崎野さんがトラックの上にいる。
激しい風雨の中「おーい」と助けを求める崎野さんに、忠男さんは一階の屋根から「役場に連絡するから待ってろ。頑張れ、あきらめるな」と激励した。孝子さんも子ども三人と自宅二階から声援を送り、懐中電灯の光を当て続けた。
崎野さんは、沈まないよう、流木を体に結び付け、服の中に発泡スチロールを詰め込んだ。水は胸のあたりに迫った。午後十一時十八分、出石川堤防が決壊。「押し流されそうなほど強い流れだった」が、ロープを握り続けた。
翌二十一日午前五時すぎ、北但消防本部出石分署の救助隊員三人がボートで現場へ向かった。與田十芽夫消防士長(42)は「民家の二階に見える懐中電灯を除けば何の光もない。暗い海だった」。二十分後、屋根の上の忠男さんが「あそこにいる」と誘導した。
トラックは完全に水没し、崎野さんが水に浮かんでいるように見えた。與田消防士長が「もう大丈夫です。安心して」と声を掛けた。冠水から約九時間後の救助だった。
「闇の中、不安でいっぱいで、独りぼっちだったら危険を覚悟で水に飛び込んでいた」と崎野さん。「畑村さん一家が声と光で勇気づけてくれ、『もうすぐ助けが来る』との言葉を信じたから耐えられた」
(浦田 晃之介)
2004/11/23