兵庫県の瀬戸内臨海部には、大規模な石油化学コンビナートが立地する。これらの施設を管内に抱える各消防本部の担当者は、口をそろえた。
「津波による被害は想定していません」
根拠は、内閣府の中央防災会議専門調査会による東南海・南海地震の被害想定だ。神戸、東播、姫路、赤穂の四カ所のコンビナート地区は、津波の高さは最高でも二・六メートル。いずれも、浸水被害は予測されていない。
しかし、河田恵昭・人と防災未来センター長は「津波を引き起こす地震は、東南海・南海だけではない」と警告する。
昨年三月の能登半島地震も、同七月の新潟県中越沖地震も、震源は無警戒の海底断層だった。瀬戸内海の海底断層の調査は不十分だ。未知の断層が大津波を伴う地震を起こす可能性は皆無ではない。河田センター長は「津波は来ない、という思い込みが防災上、一番怖い」と言葉を重ねた。
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津波による施設破壊のほか、石油コンビナートの災害被害で危険なのは、地震による大爆発や火災だ。そこで、国は、一定の想定に基づき、石油類や高圧ガスを貯蔵するタンク、配管、施設に詳細な技術基準を設ける。
ただ、技術基準は地震が起きる度、改定を重ねてきた。一九七八年の宮城県沖地震、九五年の阪神・淡路大震災、二〇〇三年の十勝沖地震…。その都度、想定外の被害に見舞われたためだ。中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発が耐震基準の設計値を大幅に超える揺れに襲われた。最大一・六メートルの地盤沈下が見つかり、微量の放射性物質漏れが確認された。
現実を前に、想定や基準は簡単に塗り替えられる。加えて、専門家は「大事故が絶対に許されない原発に比べ、コンビナートの技術基準は安全性だけではなく、事業者のコスト負担にも配慮している」と打ち明ける。
県内の消防本部のある担当者は「国の技術基準が絶対だとは思わない。それでも、現場は基準を信じて指導を続けるしかない」ともらした。
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未知の断層による地震、絶対でない技術基準…。「想定外」への対応に、事業者も腐心する。化学メーカー「カネカ」高砂工業所は、部署ごとにリスクの検討に全力を傾ける。
施設は年月とともに劣化する。高温・高圧の負担がかかる配管や設備には、リスクが潜む。
二年前のことだった。所内の繊維合成工場で、機械内の金属棒が回転体に接触する場所に落下、摩擦熱でアセトン水溶液に着火して約四百二十平方メートルを焼いた。偶然が重なったが、従来の想定の限界を感じさせる事故でもあった。
以来、同工業所は各地の災害事例も踏まえ、リスク認識を徹底させる。同工業所の山口一道・環境安全衛生グループリーダーは「普段から職場の全員で『万が一』を考えること。きりがないくらい万が一を見越して、手を打つしかない」と強調した。
2008/1/15