有線放送の受信機から音声が流れた。「地震が発生しました。注意してください」
昨年七月十六日午前。自宅でテレビを見ていた長野県上田市の工藤仁助さん(75)は、突然のことにたじろいだ。「どしん」。間もなく揺れが来た。震度3。新潟県中越沖地震による揺れだった。音声は、緊急地震速報システムの予告を受けた警報だった。
緊急地震速報は、震源の初期微動をとらえ、ある地域に大きな揺れが到達する前に、予測震度と揺れが起きるまでの時間を伝える。昨年十月、NHK放送などで一般への提供が始まったが、工藤さんの住む同市丸子地域は、その約一年前から実証実験に参加していた。
中越沖地震では揺れの直前に速報が伝わったものの、工藤さんは「初めての経験で、何もできなかった」と苦笑い。「地震の多い地域じゃないから、難しいね」と振り返った。
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速報を受けどう対応するか-は大きな課題だ。
加古川市は、地元ケーブルテレビが提供する速報システムを利用し、二〇〇七年度中に市内の学校や公民館など約百施設に受信端末を導入。大規模な市民会館や市民病院では、速報を全館放送する計画だ。
しかし、速報後の避難誘導は施設任せという。
日本大の中森広道・准教授は「地震が来ると分かっても、具体的にどうすればいいか。はっきり示さないと人は行動できない」と指摘する。
このため、不特定多数の利用者向け放送の体制を整えるのは、全国でも大手百貨店やホテルなど一部施設にとどまる。一方、携帯電話各社は速報の受信機能を備えた新機種を投入する予定で、いずれ、不特定多数の人が速報を知る時代になる。そうなれば、施設側も腰を上げざるを得ない。
中森准教授は「公共空間で、防災対策の徹底が図られるきっかけに」と期待する。
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速報提供のシステム整備も課題だ。昨年十二月、最大震度5弱以上の緊急地震速報は「地震動警報」に位置付けられた。風雨や津波などと違い、市町に住民告知の義務は無いが、無視はできない。
市町による速報告知は、屋外スピーカーや戸別受信機につながる行政防災無線を、消防庁の全国瞬時警報システム(Jアラート)に連動させて行う。兵庫県内では市川町が全国に先駆けて導入し、神戸、西宮、西脇、たつの市などが続こうとしている。
が、その前提になる同種の行政防災無線を備えていない市町は、県内だけで二十一に上る。このうち、九市町は整備を検討するが、七市町は財政難などで〇八年度の着手を見送った。川西市の担当者は「必要なのは分かっているが、この財政状況では難しい」とため息をついた。
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阪神・淡路大震災は十七日で発生から十三年を迎える。教訓を踏まえ防災や被災者救済のための仕組みが整備されてきたが、昨年の能登半島地震、新潟県中越沖地震は新たな課題を突き付けている。日本列島は地震多発の時代に入ったとされる。どう備えるか。兵庫の現状を探った。
2008/1/11