
主演の渡辺謙は長年の知己。阪神タイガースの監督時代は試合観戦に来てくれたし、昨年も米国でのゴルフ取材についてきたという。
兄のように慕ってくれる渡辺の作品は、ほとんど見た。「明日の記憶」は、劇場公開前に試作ビデオを観賞した。
若年認知症が主題。原因は究明されていないが、「現代社会のストレスと無関係ではないだろう」と推測する。物語もそれを示唆している。
阪神、中日と2球団で監督を歴任。常に優勝という強烈なプレッシャーの中で指揮を執り、人一倍のストレスを味わった。
映画での渡辺は、激務をこなす会社員・佐伯を熱演する。50歳を前にアルツハイマーとの診断。次第に衰える記憶、仕事でのトラブル…。やがて退職を余儀なくされ、妻の顔すら忘れてしまう。
「難しい役ですよ。でも、この病気をしっかり研究したと思う。患者の苦しみが伝わってくる」
特に注目したのは、目の演技だ。治療のため入居した施設の窓から、渡辺が夕焼けを眺める場面がある。
「あのぼんやりした表情はすごい。『ラストサムライ』では、鋭い眼光で武将の力強さを表現したが、それとは全然違う。あいつは目で物が言える役者だね」
映画では認知症の怖さをリアルに感じる一方、妻・枝実子(樋口可南子)の姿に心安らいだ。
「病状が悪化していくのに、治療方法はない。看病する家族は戸惑うよね。でも枝実子は最期まで夫を見守っている」
自身も9年前、妻を亡くした。佐伯と枝実子の姿が、当時の自分たちとも重なる。
妻の病気を知ったとき、どうしていいかわからなかった。看護は娘や義母に頼りっきり。寄り添うしかできなかった。でも心は頼り合っていた。
「他人同士が出会い、一緒に人生の苦難を乗り越え、長い時間をかけて、より深く結ばれていく-。夫婦とはそういうもんじゃないかな」
熟年離婚が流行語となったが「日本人はこの映画を見て、もう一度夫婦の愛について考えてほしい」と訴える。
白血病から再起した渡辺にもエールを送る。
「海外でも評価され、ますます実力を伸ばしている。再発の恐怖もあるだろうが、それゆえに毎回、『これが最期』という気迫が漂っている。今後も世界の舞台で、日本人の心を演じてほしい」
(記事・津谷 治英・写真・大山伸一郎)
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■明日の記憶(2006年・日本・122分) 大手広告代理店に勤める佐伯雅行は仕事には厳しく、部下思いのエリート社員。妻・枝実子と、結婚を控えた娘が1人いる。大口取引の成立を前に、物忘れがひどくなり、検査の結果、若年性アルツハイマーと診断される。絶望する雅行を枝実子が支える。雅行は妻と初めて出会った山に向かうが…。
【ほしの・せんいち】 1947年岡山県出身。明治大学のエースとして東京六大学野球で活躍後、中日ドラゴンズに入団。黄金期の巨人を相手に真っ向勝負を挑み、「燃える男」と呼ばれた。通算146勝を記録し、82年に引退。中日、阪神で監督を歴任。2003年には阪神を18年ぶりのリーグ優勝に導いた。
★2006年9月25日掲載
