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高炉が描かれたジャージーに身を包み、客席の声援に応える神戸製鋼の(左から)中島イシレリ、山中亮平ら=12日、ユニバー記念競技場(撮影・吉田敦史)
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高炉が描かれたジャージーに身を包み、客席の声援に応える神戸製鋼の(左から)中島イシレリ、山中亮平ら=12日、ユニバー記念競技場(撮影・吉田敦史)
稼働していた当時の神戸製鋼所神戸製鉄所の高炉=2017年10月、神戸市灘区
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稼働していた当時の神戸製鋼所神戸製鉄所の高炉=2017年10月、神戸市灘区

 25年前のあの日は、当時無敵を誇った神戸製鋼ラグビー部の日本選手権7連覇(V7)から、わずか2日後だった。

 1995年1月17日早朝、すさまじい揺れが、神戸製鋼所・神戸製鉄所(神戸市灘区)を襲った。製鉄の心臓部「第3高炉」は緊急停止した。鉄鉱石に熱風を送り、鉄を生む高炉は鉄鋼メーカーにとっての命。そこが壊滅的な打撃を受けた。だが、鉄鋼マンたちは決死の努力で復旧に奔走し、約2カ月半で再稼働にこぎ着けた。再びともった火は「復興のシンボル」となった。

 それから約四半世紀。震災当時の鉄鋼マンの奮闘に深く共鳴した人物がいた。2018年4月に就任したウェイン・スミス総監督(62)。ニュージーランド(NZ)代表コーチとして11年、15年のワールドカップ(W杯)連覇を支えた知将は、高炉の復活を、長くタイトルから遠ざかる名門の再建に重ね合わせた。

 困難な時に会社がどう乗り越えたか。それを学ぶことがチーム再生の礎となる-。

 1959年に稼働した1号高炉以来、鉄を生み出し続けた神戸製鉄所の高炉は2017年10月、第3高炉の休止で長い歴史に幕を閉じていた。就任したばかりのスミス総監督はスタッフに問いかけた。

 「お前たちは何も感じないのか」

 チームはクラブや会社の歴史にあらためて向き合った。解体中の高炉跡を訪れ、耐火レンガをクラブハウスに持ち帰り、練習グラウンドを「第3高炉」と名付けた。選手は復興に力を尽くした鉄鋼マンの精神を刻み、仲間のため勇敢にプレーすることを誓った。世界年間最優秀選手を3度獲得したダン・カーター(37)は「チームのためなら、ウオーターボーイ(給水係)だってする」。鉄の結束を誇った男たちは昨季、18季ぶりの日本一に返り咲いた。

 V7戦士の一人である福本正幸チームディレクター(52)は言う。「勝てない時期、勝つ方策を外に求めてきたが、ウェインは違った。『ここに答えがある』と。高炉で生まれた鉄が、鍛えられて鋼になった」

     ◇

 今季、選手たちが身にまとうジャージーには新たに「第3高炉」があしらわれた。新加入のNZ代表ブロディ・レタリック(28)は昨年11月の来日後、震災の爪痕を保存する神戸港の岸壁を見て歩いたという。「高炉の復旧のことも少しずつ学んでいる」。チームは外国出身選手が3割以上を占めるが、高炉を核に方向性はぶれない。

 12日のトップリーグ開幕戦。神戸・ユニバー記念競技場は2万3千人の大観衆が詰めかけた。昨秋のW杯を思わせる熱気が包む中、「Feel the Fire(火を感じろ)」をスローガンに、鉄の男たちは連覇に向けて走りだした。(山本哲志)

【神戸製鋼の被災状況】神戸市灘区にあった第3高炉の操業が停止し、本社ビルも全壊。1千億円を超える被害が出た。ラグビー部が拠点を置く灘浜グラウンド(神戸市東灘区)は液状化現象で使用不能に陥った。福本正幸・現チームディレクターらが住んでいた10階建ての社員寮は1階が崩れ、選手は避難を強いられた。新日鉄釜石(当時)に並ぶ日本選手権7連覇を果たしていたチームは震災翌年の1996年1月、全国社会人大会準々決勝でサントリーと引き分け、トライ数の差で連覇を逃した。

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