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阪神タイガースの監督として必勝祈願で西宮神社を訪れた野村克也さん=1999年3月、西宮市社家町
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阪神タイガースの監督として必勝祈願で西宮神社を訪れた野村克也さん=1999年3月、西宮市社家町
阪神タイガースの野村克也監督
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阪神タイガースの野村克也監督
阪神監督時代の野村克也氏=1999年10月6日
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阪神監督時代の野村克也氏=1999年10月6日
新庄剛志を指導する野村克也監督=西宮市の甲子園球場
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新庄剛志を指導する野村克也監督=西宮市の甲子園球場

 名捕手、名監督としてたたえられた野村克也さんの訃報を受け、兵庫県内でも多くのファンがその功績や思い出を振り返った。中でも、当時低迷したプロ野球阪神タイガースの監督時代を懐かしむ声があふれた。監督就任は、阪神・淡路大震災から3年後の1998年秋。被災者のために、強くする-。胸に秘めた思いを吐露することもあったという。

 震災後の神戸をよく訪れ、ボランティアで音楽演奏したという甲府市の小林富雄さん(78)。98年に野村さんが阪神監督に就任して起きた「野村フィーバー」に接し、「野村阪神の応援が被災者の喜びにつながる」と考え、応援歌「若トラたちよ」を作詞。音楽家の長女ちはるさん(46)が作曲し、球団公認でCD化し、各地で演奏した。

 その縁で野村さんと親交を深めた小林さんが甲子園球場を訪れた時に聞いた野村さんの言葉が忘れられないという。「被災者を勇気づけないといかん。強くするしかないから。監督に就任した責任だ」。試合前のユニホーム姿で力強く言い切った。「自分のおやじが亡くなったようでさびしい。頭のいい人で、何より情が深い人だった。奥さんへの思いも深かった」

 「えべっさん」で知られ、毎年、阪神球団が必勝祈願する西宮神社(西宮市)。99年春の祈願祭では例年の数倍のファンが境内を埋めた。野村さんは「(南海ホークス時代に)近所に住んでいて、えべっさんには親しみがある」と、同神社とのゆかりを披露。権宮司の吉井良英さん(58)は「猛虎復活への基礎を築いた努力家」と惜しんだ。

 「ID野球」で知られる卓越した野球理論は、県内の指導者にも影響を与えた。昨年春夏連続で甲子園4強入りし、3月開幕の第92回選抜高校野球大会に出場する明石商業高校(明石市)野球部。狭間善徳監督(55)は、野村さんの多くの著書を読み込んできた。「弱者が強者に勝つ方法が書かれている。野村監督の教えは明石商に大いに生かされている」と感謝する。

 名捕手としての活躍を知るオールドファンも悲しみにくれた。阪神ファンが集う西宮市の居酒屋「虎」常連客で、自営業の山本勝己さん(55)は小学生の頃から南海ホークスの強打者、野村さんの大ファン。当時は西宮が本拠の阪急ブレーブスもお気に入りで「南海の試合は毎回、西宮球場へ見に行った。ノムさんはよく打つし守備もうまい。キャッチャーの見本のような選手」と懐かしんだ。「人に恨まれない、あの的確な毒舌が聞けなくなるのはさみしいね」

 阪神ファンで神戸市兵庫区で働く女性(66)は「選手を本当に大切にするイメージで、解説でズバッと言うところが好き。頭の回転も速く、間違いなく阪神を立て直してくれた人」とたたえた。

(小林伸哉、名倉あかり、長沢伸一、喜田美咲)

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