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現役時代は日本代表としても活躍した伊藤鐘史氏=2014年11月、ノエビアスタジアム神戸
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現役時代は日本代表としても活躍した伊藤鐘史氏=2014年11月、ノエビアスタジアム神戸
オンラインで取材に応じるラグビー元日本代表で京産大の伊藤鐘史監督
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オンラインで取材に応じるラグビー元日本代表で京産大の伊藤鐘史監督

 「今を全力で」-。それが、今年1月から京産大ラグビー部を率いる元日本代表ロック、伊藤鐘史氏(39)のモットーだ。神戸市長田区出身で中学時代には阪神・淡路大震災を経験。新型コロナウイルスの収束が見えない中、新人監督は当時の記憶を糧に信念を貫く。オンラインを通じて話を聞いた。(聞き手・山本哲志)

 -母校の監督に就任早々、試練が訪れた。

 「準備万端で新チームをスタートさせたのが2月25日。だけど、コロナの影響で自主練習の期間があって、再開できたと思ったら一般学生にクラスター(感染者集団)が発生してしまった」

 -大学に脅迫的な電話もあったとか。

 「選手たちは冷静に受け止めているが、世間の目が厳しくなっているのは確か。活動再開には慎重にならざるを得ない」

 -自粛中の様子は。

 「最初の3週間は、自主性を促そうと練習をあえて各自に任せた。ただ、1人でいるのもやっぱり限界がある。今は学年ごとのオンライントレーニングから始めたところ。バーチャルの世界でも互いの顔が見えると自然と笑みがこぼれていた」

 -選手に掛けた言葉は。

 「状況をネガティブに捉えすぎず、今できることにフォーカスすること。中学2年で阪神・淡路大震災を経験した時も、自分の力じゃどうにもならなかった。できたのは水をくむのを手伝ったり、散乱した家の中を片付けたりすることだけ。最初は無力感でいっぱいだったが、一日一日必死に生きていくと、だんだん明かりが見えてきた」

 -現役時代、神戸製鋼に移籍した際、旧チームとの行き違いで1年間試合に出られなかった。

 「普通にプレーできない1年があったからこそ、その反動で頑張れた。『(出場停止が)あって良かった』とは言えないが、31歳で初めて日本代表に選ばれ、思い描いていなかったワールドカップ(W杯)に出られた。人格の形成もいろんな経験の積み重ねがあってできていくものだと思う」

 -ラグビー界は、W杯後のシーズンが打ち切られた。

 「トップリーグにあれだけのお客さんが来て『変わったな』と感じていただけに残念。ただ、2015年に(南アフリカ戦の)奇跡的な勝利があって、19年日本大会はあの盛り上がり。少なくとも4年ごとに感動が生まれると国民に印象づけられた。それを国内リーグや学生ラグビーにどう広げるかが次の課題です」

 「コロナを機に働き方がどんどん変わっている。これ(オンライン取材)もそう。そんなウェブの時代だからこそ、触れ合う大切さやライブ感、熱を伝えられるのが、スポーツの変わらない良さだと思う」

 -今後の目標を。

 「チームの理念は、いついかなる時も日本一を目指す集団であるということ。今は厳しくても、またラグビーができる時はくる。(日本一に)チャレンジできる日を願いながら、できることを全力でやるだけです」

【いとう・しょうじ】1980年生まれ。兵庫工高から京産大に進み、4年時は主将。2003年にリコーに加入し、09年に神戸製鋼に移籍した。ロック、フランカーでトップリーグ通算135試合に出場し、日本代表36キャップ。15年W杯イングランド大会にも出場し、18年に現役引退。京産大コーチを経て、47年間指揮を執った大西健前監督からチームを引き継いだ。16年から京産大大学院でマネジメントを学び、指導に生かす。17歳年下の弟鐘平も京産大で主将を務め、今春、東芝入りした。

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