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日本代表候補の合宿で試合形式の練習に取り組む弘津悠(中央)=2月、和歌山県、上富田スポーツセンター(撮影・秋山亮太)
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日本代表候補の合宿で試合形式の練習に取り組む弘津悠(中央)=2月、和歌山県、上富田スポーツセンター(撮影・秋山亮太)
オンライン取材で意気込みを語る弘津悠
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オンライン取材で意気込みを語る弘津悠

 昨年、ラグビー7人制女子日本代表に初選出された弘津悠(はるか)=ナナイロプリズム福岡、星陵高出=は、東京五輪の1年延期を「経験がない私にとってすごくプラス」と言い切る。神戸製鋼のV7戦士を父に持つ伸び盛りの19歳に、活動再開を待つ思いをオンライン取材で聞いた。(山本哲志)

 元日本代表フッカーの父英司さんの影響で小学4年から競技を始めた。中学、高校はバスケットボールと両立したが「高いレベルに行ける可能性はラグビー」と父と同じ道を選んだ。

 早大に進んだ昨季は激動の1年だった。古傷の左膝のけがに悩まされ、「メンタル的にも体的にもネガティブすぎた」。それでも苦しいリハビリを重ねるうちに前向きな気持ちが生まれ、12月のワールドシリーズ(WS)ドバイ大会で代表デビュー。続く今年2月のWSシドニー大会でも攻守両面でアピールした。代表の稲田仁ヘッドコーチは「サイズがあり、パワーと器用さを併せ持つ貴重な存在」と評する。

 弘津自身、成長を実感する。「昔は才能や環境ですべて決まると思っていた。でも、変われるという経験をしたことで、今はほとんどのことがポジティブに捉えられる」

 新型コロナウイルスの影響で、3月末の代表合宿を最後に東京から神戸市東灘区の実家に戻った。昨秋から休学した大学に急きょ復学し、オンライン授業と自主練習に励む。スピードやステップを切るためのアジリティー(敏しょう性)を集中的に鍛えているという。

 小学校時代に習っていたピアノに向かう時間もできた。「小さいころは弾いてもうまくなっているのか分からなかった。ラグビーで『練習すれば変われる』と知った今は、その感覚が楽しい」という。

 接触プレーを伴うラグビーの全面再開は、まだ時間がかかりそうだ。リオデジャネイロ五輪代表主将を務めた中村知春が昨年末に創設した7人制女子の新チームに加わり、週2回のオンライントレーニングをこなしながらグラウンドに戻れる日に備える。

 「延期された五輪はすごく歴史的な大会になる。そこに出場していいプレーをして(コロナ禍で)悲しんでいる人たちが笑顔になれるように頑張りたい」。1年後の未来を明るくするため、ホープは着実に歩を進めていく。

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