
パワーリフティング女子日本代表で、50キロ級の中嶋明子(45)=兵庫県尼崎市在住=は製薬会社「マルホ」(大阪市)にフルタイムで勤めながら、東京パラリンピックを目指している。出場の当確ラインとは20キロ以上の重量差があり「すごく遠い」と認めるが、悲壮感はない。「きちんと収入を得て、身の丈に合ったところで上を目指す」。障害者アスリートの新たな形を示している。(有島弘記)
■二足のわらじ
千葉県出身の中嶋は東大大学院の博士課程修了を目前に控えた2006年、歩行中に車にひかれ、脊髄を損傷。30歳で車いす生活となり、卒業後はC型肝炎などウイルス研究でアメリカに渡る予定だったが、計画は夢に終わった。
「できないことをいっぱい考えて、そっちばかり見ていた。その1年、リハビリをしても何も進歩がなかった」
自暴自棄となったが、入院先の個室で何度も見返した冬季パラリンピック・トリノ大会のスキー映像に勇気をもらった。その後、体験会に顔を出し、同じ障害者のプレーに刺激を受けたが「資金援助がないとできないぞ」と言われた。遠征費、用具代は高く、障害者の多くが低収入という現実に直面した。
「ちゃんと二足のわらじを履きたい。このままでは(研究者としての)人生の1週目がなかったことになる」
人生初めての就職活動。経験を生かせる研究職を目指そうと、ハローワークに向かったが、健常者と同じレベルの業務を望んだため、意向と合致する企業はなかった。障害者の就職を支援する「ゼネラルパートナーズ」に当たると、複数社が見つかり、面接を重ねてマルホに合格した。
■カヌーを経て
京都市の医薬開発研究所で働きながらカヌーを始めた。本来は病室であこがれたスキーをしたかったが、遠征のたびに職場を長く離れる必要があり、両立に不向きだった。カヌーは京都にいながら練習でき、16年夏のリオデジャネイロ大会から正式採用される魅力もあった。
技術は独学で学び、学生時代の器械体操で培ったバランス感覚を生かした。世界選手権で入賞するまで力を付けたが、リオ大会の出場は逃した。
「カヌーのトレーニングにいいよ」。その頃、パワーリフティングの代表選手に声を掛けられ、練習に取り入れた。中嶋は障害の影響で体にまひが残り、両腕も左右で力が違ったため、補正を試みた。
練習を続けると、今度は「試合に出てみて正しいフォームを知った方がいい」と誘われた。16年冬、国内大会に出場してみると、自分の体重以上の重さを持ち上げ、すぐに強化指定選手となった。
ただ、これは連盟側の“勧誘作戦”でもあった。当時、トップを争う女性選手は国内に1人しかいなかったといい、素質を見込まれた中嶋は「はめられましたね」と笑って振り返る。40歳を過ぎていたが、パワーリフティングへの転向を決めた。
仕事の面でも好都合だった。当時、一人の研究員から、他部署や社外とも関わる立場となり、多忙だった。野外のカヌーは夜に練習できず、天気の影響も受ける。パワーリフティングなら週3日の練習が基本で、ジムは勤務後にも通える「兼業向き」だった。
■コーチとの出会い
パワーリフティングの日本連盟は、東京パラリンピックに向けた強化策として、英国人コーチを招いていた。自身もパラリンピアンで世界チャンピオンを何人も育てたジョン・エイモス氏。中嶋は、海外企業とも取引する仕事柄、通訳を任されることがあった。
「話を良く聞き、その人に合わせたアドバイスをしている」。独学で練習したカヌー時代は課題が見つかると、1人反省会が何日も続いたが、エイモス氏はその日のうちに解消できるように助言を送っていた。日本語に訳すうちに自身の脳内も整理され「悩みを自己消化できるようになった。他人に目が行き、逆に悩みを聞けるようになった」。社内のプロジェクトをまとめる仕事にも生かされ、一石二鳥だった。
■二人三脚
絶大な信頼を寄せるコーチとともに目指す東京パラリンピック。新型コロナウイルスの世界的流行で、開幕は来年8月に先送りされた。
中嶋は昨年9月、東京開催のテスト大会で参加標準記録の62キロをマークしたが、もう一つの条件となる世界ランキング8位以内には84、85キロが必要。ハードルは高い。
さらに、昨年12月に右肩を痛め、手術を受けた。コロナ禍もあり、9月中旬の練習再開まで半年間、一切バーベルに触れなかったが、練習復帰後、自身のパフォーマンスに驚いたという。「いかに美しく上げるか」も問われる競技で、その精度が高いままだったという。
ここにもエイモス氏の力があった。フィジカル、メンタル、メディカルと、あらゆる知識を網羅するコーチは、中嶋とメールでやり取りを続け、排せつの状況も確認。練習に復帰すると「事細かなメニュー」を与え、中嶋が練習動画を送ると的確なアドバイスを返した。
右肩の故障を受け、バーベルを持ち上げる「新しいスタンダード」も探っている。
従来は右の腕力が強く、バーベルを上げる速さも右腕が先行した。試技の途中にバーベルが傾くと失敗になるため、バーベルの比重が右寄りに来るよう、持ち手の位置や握り方を工夫した。現在は左右の力の差が縮まったと考え、「時には解剖学」の視点で最適なフォームを練る。胸、肩、腕と筋肉の連動性も求め、まさに自身の体を“研究”している。
■新アスリート像
来年1月の全日本選手権を試合復帰の目標としている。来年6月まで続く東京パラリンピックの世界ランキング争いに向け「9割の状態に持って行きたい」と意気込む。
ただ、最終目標は東京大会ではないという。目指す姿は、フルタイムの仕事と両立するパラアスリートだ。
医者、弁護士…。海外には、仕事に打ち込む選手がざらにいるという。日本のトップ選手はスポンサー企業の支援を受け、競技に集中できる反面、結果を残せなかったり、ひとたび引退したりすると、契約が打ち切られ、生活に困るケースがある。
「遠征に出れば、職場に迷惑を掛けている。でも、全力でやる姿を見せることで『あの人も頑張っているしね』と認めてくれる。サラリーマンとしてやる選手が1人ぐらいいてもいい」
バリバリ働きながら、世界の強豪としのぎを削る-。「車いすで立てないけど、地に足を着けて」。自身の立場と力を理解しているから、中嶋の肩に力は入っていない。
【パワーリフティング】下肢に障害がある選手がベンチプレスで挙げた重さを争う競技。台上であおむけになり、脚にベルトを巻いて固定。バーベルを持ち、胸まで下ろして一瞬止めた後、持ち上げる。途中でバーベルが傾いたり、下がったりすると失敗。試技は3回。男女とも10階級ある。
