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母校で高校時代を振り返る佐藤輝明=西宮市(撮影・吉田敦史)
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母校で高校時代を振り返る佐藤輝明=西宮市(撮影・吉田敦史)
仁川高3年時、夏の兵庫大会でプレーする佐藤輝明内野手=2016年7月
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仁川高3年時、夏の兵庫大会でプレーする佐藤輝明内野手=2016年7月

【阪神】仁川高出・佐藤輝明内野手

 兵庫県出身の2人がドラフト1位でプロ野球の世界に飛び込む。仁川高出身で阪神1位の佐藤輝明内野手(近大)と、神戸国際大付高出身で巨人1位の平内龍太投手(亜大)。くしくも同じセ・リーグの人気球団に進み、伝統のユニホームに袖を通す2人。10月のドラフト会議後、それぞれが母校に凱旋(がいせん)した際の話をまとめた。

     ◇   ◇

 -高校時代は無名だった。

 「自分の才能を信じてやるべきことをやれば、結果は出るということを証明できた。自分はできると思ってやってきたし、今も思っている。自信、自分を信じることは大切。自分はそうやってプロへ入ることができた」

 -プロを目指すと決めたのは高2の秋とか。

 「きっかけは自分でもよく分からなくて。学校での進路相談で漠然と将来何をしようかなと考えた時にプロになろうと。ずっとなれると思ってました。なぜか自信だけはあった。なんでかはちょっと分かんないんですけど(笑)」

 -以降、筋力トレーニングに励み、肉体改造に成功した。

 「高1の入部当初は177センチ、65キロ。ひょろっひょろのガキでした。まずは体を大きくしないとと思って、学校での練習を8時ごろに終えてから週3、4日はジムに通った。ウエートだけではなく、毎日5、6食は食べた。授業の間の休み時間や練習の前後、寝る前にもプロテインを飲んだ」

 「体が大きくなってからは誰が見ても打球の飛距離が変わったし、足も速くなった。やるべきことをやっていけば発見がある。心が折れることはなかった」

 -打撃練習では木製バットで校舎4、5階の窓ガラスを割った。

 「迷惑をかけましたね(笑)。どの辺やったかなあ。何回かあった。ロングティーで防球ネットを越えたこともあった」

 -高校最後の夏は兵庫大会1回戦敗退。

 「最後はガチで泣きました。仁川高は第2の家。プロを目指そうと思ったのはこのグラウンドなので。チームは勝てなかったけど、できることはやった。プロ入りという自分の目標があったので絶望感とかはなく、大学で頑張ろうと」

 -近大では1年秋から4番に座った。

 「プロという目標はありながら、試合で活躍することが一番楽しかった。そのために練習をしていた。努力というよりは、必要なこと、やるべきことをやったという感じで。努力だと思っていなかった」

 -阪神への思いは。

 「一番身近な球団。子どもの頃から阪神の試合を見ていたし、(甲子園)球場で雰囲気を楽しむのが好きだった。カレーと焼き鳥がおいしい(笑)。ファンクラブに入っていたので、グッズを持ったり帽子をかぶったりして学校へ行っていましたね。打者は金本(知憲)選手、投手は藤川(球児)投手。(浜風の強い)甲子園で一体どうやってホームランを打つのか、どういう心構えで(打席に)入ればいいのか、同じ左打者の金本さんに聞いてみたい」

 -プロでの目標は。

 「1年目からしっかりやる。新人王、ゆくゆくはホームラン王を取るぐらいの活躍をしたい。プロで活躍する姿を期待されている。結果を残して、球界を代表する選手になることが恩返しになる」

(まとめ・長江優咲)

【さとう・てるあき】1999年3月生まれ。西宮市立甲陵中時代は軟式野球部。仁川高では2年夏の兵庫大会4回戦が最高。高校通算本塁打は20本。近大では2年夏に大学日本代表に初選出。今秋、関西学生野球の新リーグ通算本塁打新記録(14本)を樹立した。187センチ、94キロ。右投げ左打ち。

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