
東京五輪の柔道男子66キロ級代表決定戦で宿敵の丸山城志郎(27)との激闘を制し、夢舞台の切符をつかんだ神戸市兵庫区出身の阿部一二三(23)。胸に秘めていたのは苦境を支えてくれた家族への思いだった。「今の自分があるのは親のおかげ。もっと親孝行したい」。五輪金メダルへの出発点に立ち「やっと少し恩返しができたかな」と笑みを見せた。
「家族で闘うと決めているんです」。阿部が2018年に世界選手権を2連覇した頃、母の愛さん(48)が口にした。畳に立つのは1人でも、いつも「チーム阿部」として挑んでいると。父の浩二さん(50)は元競泳国体選手。地元神戸で消防士を務める傍ら、たびたび東京に駆け付け、息子や、娘で女子52キロ級東京五輪代表の詩(20)と共にトレーニングで汗を流したり、五輪への思いを語り合ったりしてきた。
両親ともいつの頃からか、息子や娘の試合を動画で撮らなくなった。客席から全力で応援するためだ。「勝ったときも負けたときも一緒の思いを共有してきた」と愛さんは語る。
高校時代から「東京五輪の星」として脚光を浴びていた阿部が丸山に連敗し、五輪代表レースで崖っぷちに立った昨年夏。それでも父は「お前が一番強い」と背中を押した。「気持ちを強く持てた。(父は)一番大きな存在」と阿部。「俺はまだ全然、何も返せてない。もっと親孝行したい」との思いを強くした。
国内外で注目を集めた13日の五輪代表決定戦は本戦4分、延長20分の我慢比べに。関係者として詩や愛さんと共に会場で見守った浩二さんは「生きた心地がしなかった」というが、23歳の若武者は「集中を切らさず、自分の柔道を貫き通せた」と落ち着いていた。
阿部は神港学園高を卒業する際の文集に「オリンピックチャンピオンになる」と決意を記した。「一二三」の名前を連想させる12月13日、その夢への一歩を刻んだ。「スタートラインに立った。目標は妹とオリンピックで優勝すること。きょうだい2人で一番輝きたい」(藤村有希子)
