沼島(ぬしま)(南あわじ市)に住み始めて数日。昼間、歩きながら気になった。雨戸が閉まったままの家が多すぎる。
取材用に借りた家も、9年前までおばあさんが1人で暮らしていた。貸してくれたのは長女の清野和美さん(68)。15歳で島を出た。住み込みで働きながら大阪の夜間高校に通い、その後結婚。今は奈良県に住む。
島に帰るのは年に1回、お盆前の墓参り。室内を掃除して風を通す。愛着のある実家。だが、この先も戻るつもりはない。「これから年とるのに、病院がないのはしんどいし」
同じような空き家は島内に約200軒。今にも倒れそうな廃屋も目につく。解体後の運搬費に市の補助(上限30万円)も出るが、手つかずのまま、島に“空白”が増えていく。
「壊すのはもったいないのよ」と和美さん。「言い値でいいから買わない?」。そう言って笑うが、まったくの冗談ではなさそうだ。
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キーンコーン、カーンコーン。
朝、響き渡るチャイムの音に跳び起きた。時計を見るとまだ4時半だ。底引き網漁の出発合図という。
島の朝は早い。その分、正午を過ぎると、まどろむような空気に包まれる。
「こんにちは。ややこしなかったら魚もろうてよー」
佐々木笑子(えみこ)さん(63)が、玄関の網戸越しに声をかけた。押してきたリヤカーにはタイや大量のエビ。
「いや、うれしいわ。いつもありがとう」とご近所さん。そこから世間話が始まる。
聞けば、漁師の敏雄さん(64)と結婚して以来、自然と続けてきたそう。漁をしていない家や、捕れる魚種が違う漁師の家に持って行く。
「島の習慣なんやね。うちは代わりに野菜をもらったりするし」
日用品は週1、2回、淡路島の老人ホームにいる母に会いに行く際、まとめ買いする。1日10便ある汽船が終わっても、緊急時には夫の船がある。
今はさほど不便を感じない。「夫婦どっちかが1人になったらねえ。子どものおる和歌山に行こうかな」
高齢化率は、兵庫県で最も高い香美町をさらに8ポイントほど上回る45・2%。病院や施設に入るため、沼島で最期を迎える人も減っていると聞く。
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それでも、ここで出会ったお年寄りは皆、明るく元気だった。
その秘訣(ひけつ)のような物を見つけた。
「ばったり」。島の至る所に置かれているベンチ。折り畳み式を倒した時の音からそう呼ばれ、路地や家の外壁に取り付けられている。
港のばったりで夕涼みする男性数人。いつもだいたい同じ顔ぶれのようだ。何を話しているのだろう。
「そんなもんな兄やん、あしたの日和やらしょーもないことよ」
「わしはもう、何話してたかも忘れたわ」
笑い声を響かせながら。夕焼けが島を染めるまで、“ばったり会議”は続く。(岡西篤志)
2015/9/13









