老後知らずと言えば少しオーバーか。北九州市に「人生100年時代」のお手本のような味わい深い女性がいる。小倉地区初の女性タクシー運転手として知られる黒石紀久子さん(80)がその人。コロナ禍に悪戦苦闘しながらも笑顔を絶やさず、初乗り490円を守り続ける。個人事業者となって節目の30年を迎える来年3月まで現役でいるのが当面の目標だ。
新型コロナウイルス感染拡大の影響でタクシー業界からも悲鳴が上がっている。ここ小倉の街も例に漏れない。さすがの黒石さんもついついぼやく。
「最悪です。私は個人タクシーなので年金をもらいながら続けられますが、法人の若い運転手の方は生活ができない、地獄です、と嘆いています」
待機場所は小倉北区の毎日西部会館。3、4時間待ってようやく実車。しかし、利用客の大半が近距離だという。「常連のお客さんもリモートだったり、早めに帰宅されてます。人通りそのものが少ない」
熊本・天草出身。タクシー運転手になったのは1979年、39歳の時だった。きっかけは、いまは亡き夫の借金。一男一女の生活と教育を支えるため、背に腹は代えられなかった。以来ハンドルを握り続けて41年。その間、個人として独立するため、法人で10年間経験を積んだ。
実は黒石さんとは知らない仲ではない。「紀久子タクシー」には5年前に一度乗車。取材し、記事にしたことがある。そのときも元気で年齢を感じさせないと思ったが、今回はそれ以上の驚き。目印となっているワインレッドの愛車は日産のクルーからトヨタのクラウンコンフォートに変わっていたが、運転席だけは時間が止まっていた。
「この5月に検診を受けたんだけど、どっこも悪いところがなかった。何十年も病気してないから、かかりつけの病院がないのが悩み。まだ続けますよ、アハハ」
もちろん、人の命を預かっているため、健康や体調管理には人一倍気を配る。毎週土曜、日曜と祝日は休養日。月曜から金曜までの勤務は朝8時から夕方6時までと決めている。健康法は散歩とサウナとミスト風呂。編み物、料理を得意にしており「朝食にアボガド、黒ニンニク、黒酢、しょうが、ヨーグルトをいただくのが定番」という。
自称、業界の異端児。コロナ禍においても初乗り490円を守る。「消費税の時に10円上げて490円に。お客さんに少しでも喜んでもらいたい」という矜持からだ。「タクシー組合からはいろいろと言われますが、私は個人事業主ですから」
気になる定年は現行ルールでは75歳だが「古い世代にはない」そうだ。とはいえ、高齢者の運転が社会問題のひとつとして、なにかと取り上げられる昨今。風当たりはキツくないのだろうか。そのことについて黒石さんは信念を持って、こう答える。
「運動能力や反射神経は落ちています。だから私はミッション車しか乗らない。オートマチックはおもちゃのように運転は簡単ですが、一歩間違えると大変なことになる。時々、乗車の際に私を見て、驚いたお客さんがいると”私の悪いとこ、あったら言ってくださいね”と声かけします。いつものように指先確認していると、一緒にしてくださるお客さんもいますよ」
現在、個人タクシー運転手としては29年。来年3月25日に節目の30年を迎えるという。当面の目標はそこだ。
「運転に自信があって、元気なうちは続けるつもり。人との出会いが楽しいですから」
どこからどうみても、しっかり者。しかし、ガラケーからスマホに替えて、うっかり落とし穴にハマったという。「詐欺に遭っちゃった。悔しい。悪い人いるので、みなさん、気をつけて」
コロナワクチンは間もなく2回目を接種予定。年齢のことを考えると、やっぱり安心するという。「早く、穏やかな日が来るといいですね。そしたら好きな旅行もでき、お土産のお守りも収集できる。いま、行きたいのは大阪。交野市に彼氏がいるの。初恋の人、ウフフ」
なるほど、元気なのはそういうことか。人生100年時代。お手本を見ているようだった。
(まいどなニュース特約・山本 智行)
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