今から何年前のことだろう。私は読売新聞の関係者からこう聞いて、腰が抜けるほど驚いた。
「東京五輪で聖火ランナーを務めたい。それが長嶋さんの夢だ」
しかも、単なる願望ではなく、本気も本気。そのためにリハビリテーションの熱もどんどん高まっているともいう。いくら何でも無茶だろう。私も初めは半信半疑であった。
ミスターこと長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督(85)のオリンピックへのこだわりは、知るひとぞ知るところである。千葉・佐倉一高(現・佐倉高)、立教大学、現役時代から、オリンピックへの、そして世界への関心は人一倍高かった。そんなミスターが、夢の舞台、アテネ五輪を目前にして脳梗塞に倒れたのは2004年春のこと。それから約17年の間、右半身の麻痺を抱えながら、社会復帰をあきらめることなく前を見続けてきた。
私はミスターが一命をとりとめて退院した2004年6月以来、ほぼ毎日、リハビリに励む姿をこの目で確かめ、後述するようにその姿が視認できなくなってからも、周辺取材を続けてきた。そうしたさなかに飛び込んできた「ミスターが東京五輪の聖火ランナーを熱望している」との情報。初めはありえないと感じたが、雨が降ろうが雪が降ろうが猛暑だろうが、執念とも言える気迫でリハビリを重ねた姿を見てきただけに、だんだん「長嶋さんなら奇跡は絶対に起きる」と本気で思うようになった。
とはいえ、親しいメディア関係者に話しても「長嶋さんの気持ちはわかるけど…」という反応くらいで、本気にした者はほぼゼロ。そりゃ、そうだろうね。唯一、一部夕刊紙が2019年春に「ミスター復帰 目標は東京五輪聖火ランナー」と題した私のコメント入り記事を掲載してくれただけで、私はずっとオオカミ少年扱いだった。
事実、ミスターの東京五輪までの道のりは、幾度となく挫折の危機に見舞われた。中でも最大級の危機は長期入院だった。暗雲が立ちこめたのは2018年6月30日。それまでは毎朝必ず歩行リハビリを行っていたのだが、その姿がこの日を境にプッツリと見えなくなった。後日の取材でわかったが、緊急入院していたのである。病名は胆石。入院生活は長引き、「早く歩きたい、外の空気を吸いたい。オリンピックまでもう少しなんだ」という気迫とは裏腹に、足腰は日に日に弱っていったという。
■一度決めたことは誰が何と言おうと実行する
退院後も2年間は検査入院を繰り返し、車椅子生活が続くことに。弱った姿をさらしたくなかったのか、この間はほとんど公の場に姿を見せていない。2019年4月2日に東京ドームでの本拠地開幕戦に久々に姿を現し、バルコニー席から元気そうな様子を見せたことはあったが、歩行する姿を人前で…となると、まだまだ心許ない状態だったという。
こうして時が経つうちに東京五輪はコロナ禍で1年延期されたわけだが、これがミスターにとっては貴重な猶予期間となった。今年1月には、2004年春に倒れて以来寄り添ってきた理学療法士S氏との早朝リハビリが再開。さすがに外での歩行は控えていたが、長嶋邸にはすでに10年前から廊下に手すりが設置され、トレーニング機械も購入している。室内でのリハビリでも十分効果があったことだろう。S氏は早朝4時には都内の長嶋邸に行き、8時頃に帰宅するという献身的な毎日を送っていた。東京五輪開幕までの半年間、ミスターが急ピッチで「歩ける身体」の仕上げに努めていたであろうことは、その姿が見えなくても私にはわかっていた。
「長嶋さんは、一度決めたことは誰が何と言おうと実行していました。患者さんにとってリハビリは必要なことだけど、つらいはずなんです。それでも長嶋さんは(リハビリの)ルーティンを絶対に崩さない。10年以上もですよ。気迫と熱意がすごいんです。全国の患者さんたちの鏡とでも言うべき方です」
S氏は路上で呼び止めた私に対し、言葉少なながらも、心からの敬意の気持ちを込めた口ぶりでそう語っていた。
聖火ランナーを務めた翌日からもS氏とともにこなす早朝リハビリはやむこと無く続いていた。そして7月31日には、うだるような暑さの中、メキシコ戦に挑む侍ジャパンを激励するため横浜スタジアムを訪れた。
ミスターのオリンピックにかける思いは、聖火台の炎よりも熱く燃えさかっていたのだ。17年の間、傷ついた体に鞭打ち、過酷なリハビリを続けてきた長嶋茂雄氏の姿をこの目で見た私が感じ取ったのは、本物のスーパースターが放つ不屈の闘志、その輝きであった。
(まいどなニュース特約・吉見 健明)
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