認知症の人にとって、取り巻く世界はどう映っているのでしょうか。本人にしか見えない世界をスケッチと旅行記で表現した“医学書”が版を重ねています。ある日の夜、版元の電話が鳴りました。新聞広告を見て本を知ったというその人は受話器の向こうで言いました。「あの、認知症になりかけでして…」。
兵庫県明石市にある社員数人の小さな出版社ライツ社が2021年9月に刊行した「認知症世界の歩き方」(著・文 筧裕介)。認知症関連の書籍といえば、多くは医療従事者や介護者の視点から症状や対処法を説明したものですが、同書は徹底して本人の目線に立ち、その気持ちや困りごとをまとめた情報を盛り込んでいます。
このジャンルとしては異例の4刷3万部の売れ行きを見せる中、10月6日夜、ライツ社の電話が鳴りました。とったのはたまたま残業していた編集者の大塚啓志郎さん。その日の全国紙朝刊に出稿した広告を見たという女性は、ゆっくりと「本の注文をしたいんですけど…」と話し始めました。声から察するに年配の方のようでした。
通常、出版社が書籍を直接販売することはないため、「お近くに書店はありますか?在庫はなくても書籍名を伝えてもらえたら取り寄せてもらえます」と説明すると、「あるにはあるんですけど、駅まで20分歩いて3駅くらいのところで」と困った様子。「足元がお悪いんですか?」と尋ねると、「ええ…、認知症になりかけで。だからこの本を読みたいと思って」と女性。大塚さんは在庫を送ることを伝え、受話器を置きました。 そして「この人のために本を作って、新聞広告を出したんだと思った」とTwitterにつぶやきました。
「認知症世界の歩き方」は、認知症がある約100人へのインタビューを踏まえ、その語りを専門家が分析した本です。といっても難しい内容ではなく、認知症の人が実際に見ている世界をデザイナーたちが、スケッチと旅行記の形式でわかるようになっています。
認知症と生きる世界では、誰もがいろいろなハプニングを体験することになります。乗っていると記憶をどんどん失ってしまう「ミステリーバス」、人の顔を認識できなくなる「顔無し族の村」、あっという間に時間が経つ「トキシラズ宮殿」、腕の進む方向を見失う「服ノ袖トンネル」…。本人の頭の中では、この世界がどのように見えていて、何に困っているのか。認知症のある人が生きている世界を体験できる13のストーリーが描かれています。大塚さんに聞きました。
-電話の女性は
「ゆるめの関西弁で、大きな声でゆっくり話すおばあちゃんでした。発送後、連絡すると『楽しみにしています』と言っていただけました」
-今回の出来事を記したツイートには10万近いいいねがつきました
「ライツ社は小さな会社で広告予算もありません。広告打つには何十万円もかかりますし。でも、今回は高齢の方に読まれる本だろうから…と勇気を出して打ちました。多分、おばあちゃんは普段ネットとかSNS見ないだろうし、ネット書店で本も買わないだろうし、そんな読者にちゃんと届いたことがとてもうれしかったです」
-「楽しみにしています」と言ってくれました
「認知症の本でこう言ってもらえるって珍しいと思います。いたずらに不安を煽るような本もあるし、反対にハウツー本すぎて読み進めるのが大変な本もあるだろうし。今回は、認知症のことを楽しみながら知ることができる本を目指していたので、それが広告でも伝わっていたのかなあと思います」
-本について「認知症世界は知らない場所ではなく、いつか訪れる場所かもしれない」とツイートする書店さんもありました
「今回の本の編集を通して、どこまでが認知症で、どこまでがそうじゃないのかが良い意味で分からなくなりました。認知機能が低下することは、一時的にせよ、自分の体調次第で同じようなこともあり、この本に書いてあるような生活の困りごとを実感する時もあります。だから、認知症の症状や困りごとって、特別なこととか理解し難いことではなくて、自分の生活の延長線上にあるものと知ることができました」
認知症は医学的に完治は難しい病気です。ですが、「認知症世界の歩き方」は、本人の視点を知り、生活の困りごとの背景にある理由を知ることで、付き合い方や周りの環境は変えることができると述べます。そうすることで「目的なく歩いているように見える」「我が家を他人の家と思ってしまう」「お金を盗まれたと思ってしまう」といった困りごとが解決するかもしれません。そして何より、認知症の人を理解することができます。何もできない人、分からない人、怖い人では決してない、と。
「認知症世界の歩き方」の刊行を記念したオンラインイベントが10月17日14時~15時半にあります。文筆家であり「レビー小体病」当事者の樋口直美さんを招き、著者・筧裕介さんとトークを繰り広げます。
(まいどなニュース・竹内 章)
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