1983年生まれの林隆太さんは15歳になるまで、自分が中国人の血を引く華僑4世だとは全く知らずに育った。むしろ、在日中国人による犯罪や、天安門事件のことなどを見聞きしては、中国に対しては漠然と「野蛮で怖い」というイメージを抱いていたくらいだ。自分が“あっち側”の人間だと知らされた林さんのアイデンティティはそのとき、大きく揺らいだという。「中国ってどんな国なんだろう」「そもそも自分は何者なんだろう」--。
■まさか自分が中国人の血を引いていたとは…
林さんが出自について親から初めて聞かされたのは、日本に住む外国人と日本人が討論するテレビ番組「ここがヘンだよ日本人」を見ていたときのこと。近くにいた母に何気なく「ハーフの人って日本ではこんなに大変らしいよ」と話し掛けると、「あなたはどうなの」と逆に聞かれて面食らった。なんと林さんの父は中国人で、母(日本人)との結婚を機に国籍を日本に変えたのだという。つまり、林さんは日中のハーフだったのだ。
「祖父(李孟鏞=リ・モウヨウ)も父(林学文=ハヤシ・ガクブン)も叔父(李学銀=リ・ガクギン)も父方はみんな変な名前だし、親戚で集まると料理はいつも中華。うちが中国系だというわかりやすい“ヒント”はそこらじゅうに転がっていたのに、不思議なもので、その事実を告げられるまで『こういう家なんだな』くらいにしか思っていなかったんですよ(笑)。何より父は、僕が勝手につくり上げていた中国人のイメージとは全然違って、すごく優しい人でしたから」
「自分が中国系だと自覚してからは、ニュースの見方なんかもガラッと変わり、自分や家族のルーツについても真剣に考えるようになりました」
とはいえ、何故か家では基本的に誰も中国の話をしない。そもそも15歳になるまでルーツについて何ひとつ聞かされていなかったのだ。学校は学校で、周りの友人たちが「ゴーマニズム宣言」(小林よしのり)などに影響されて中国や韓国を揶揄するようなノリがあり、どうも言い出しにくい…。居心地の悪さを募らせた林さんは、いつしか「一度日本から出てみたい」と思うようになったという。
■アメリカ留学でルーツの多様性に触れる
高校卒業後は米ロサンゼルスに留学。多彩な人種が暮らす街で出会った外国ルーツの人たちは、そのことに対して当たり前のように全く卑屈さがなかった。どこか排外的で窮屈な日本の価値観から解き放たれ、林さんは心の底から居心地の良さと自由を感じたという。
帰国後、日本映画学校(現・日本映画大学)でドキュメンタリーを学んだ林さんは、いよいよ映画作りを通じて自身の“ファミリーヒストリー”と本格的に向き合うことに。日本最大の華僑コミュニティである横浜中華街が大陸派と台湾派に分裂した「学校事件」(1952年)を軸にしながら、華僑2世である祖母林愛玉(ハヤシ・アイギョク)や3世の父、叔父らの来歴を丹念に辿り、日本で生きる華僑の実像を立体的に描き出していった。
とはいえ、大陸派と台湾派の軋轢は今なお微妙な問題だ。何も知らない自分が土足で踏み込むような真似をしてもいいのかという迷いもあった。それでも、当時を知る華僑2世の男性から「林くんがやっていることは間違っていない。未来のためにも記録して残すべきだ」と背中を押されたといい、卒業制作から数えるとほぼ10年がかりで映画「華のスミカ」を完成させた。
「中華街が観光地として親しまれていることもあって、華僑の立場は日本社会でもある程度は確立されています。でも、知っているようで知らないこともたくさんある。だからこそ、この映画を通じて彼らがどういう歴史的背景や思いを持ってこの国で暮らしているのか、あらためて興味を持ってもらいたい。もっと言うと、日本に住む日本人“以外”の人たちをちゃんと受け入れてほしいと思っています」
■同じ国で生きる「日本住民」として
2020年にコロナ禍が始まった頃、横浜中華街の店舗には「日本から出て行け」「中国に帰れ」などと書かれた匿名の脅迫文が何通も投げ込まれたという。「外国ルーツの人たちは、いまだに同じ国の住民として見られていないんですよ。日本に住み始めてもう何世代目よ?と言いたくもなります。かく言う僕も、15歳のあの日までは、似たような感覚を持っていたことは否めません」と話す林さん。「まずは知ること、全てはそこからです」と力を込める。
「華のスミカ」は今後、関西などで上映予定。11月13日から大阪のシネ・ヌーヴォと神戸の元町映画館、同19日から京都みなみ会館。上映情報は順次、公式サイトでアナウンスされる。
(まいどなニュース・黒川 裕生)
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