島根県松江市の住宅街を空から見ると、まるで陸上競技のトラックみたいな道路に囲まれた区画がある。ここは昭和の初めに6年間だけ存在した「松江競馬場」の跡で、走路がほぼそのまま道路になっているのだ。
■優勝馬の賞金総額…競馬場が建設される村の年間予算より多かった
島根県にある宍道湖の東岸に「浜乃木」という街がある。空中写真で、街の一角に変わった地形を見つけた。陸上競技のトラックにそっくりな形で周回路に沿って家屋が建ち並んでいる。だが、一般的な400メートルのトラックより、あきらかに大きい。
ここは1929年(昭和4)から1935年(昭和10)まで、競馬場があったのだ。
我が国における競馬興業は1879年(明治11)頃から始まったとされ、法整備を経ながら1927年(昭和2)には地方競馬法が公布された。その翌年には全国の各府県に競馬場数が指定され、島根県には出雲と石見の2カ所に競馬場の設置が認められたという。松江競馬場は、出雲地方に認められた競馬場として建設されたものだ。
当時の競馬熱は全国的にそうとう高かったようで、1928年(昭和3)の優勝馬の賞金総額が4万円を超えたという。ちなみに、のちに競馬場が建設されることになる乃木村の年間予算が約2万円(1932年決算)だった頃と、ほぼ同時代のことである。
■敷地にある墓地の移転先がなかなか見つからず建設予算もオーバーしてしまう
松江に競馬場を建設することが決まったとき、浜乃木を候補地として、当時の松江市近隣にあった乃木村が名乗りを上げた。正式に決まってから、村では用地買収に向けて動き出したが、そうとう難航したと伝わっている。
大きな問題がふたつあった。
ひとつ目は、土地買収の予算を大幅にオーバーしたこと。競馬場を建設する松江市には坪1円70銭で提供することになっていたが、地上物件の補償をしたり地主の都合で必要のない土地まで買わざるを得ない事情が発生したりして、最終的に3000円を村で負担することになったという。
ふたつ目の問題は、建設予定地の一部に墓地があったため、100基近い墓の移転先を探さなくてはならなかったことだ。ところが墓守たちは、墓地が遠くなることを嫌って、なかなか承知しなかった。また、移転先の候補にあがった既設の共同墓地も「そんなに多くは無理」と難色を示した。それでも結局は、既設の共同墓地へ移転することで落ち着いたようだ。
このような経緯を経て1929年(昭和4)10月17日、周回1000メートルの走路をもつ松江競馬場が完成した。18日には「松江競馬大会」の第1回が3日間にわたって開催され、事前に県の内外から申し込んだ120~130頭がレースに参加した。
馬券の売り上げが記録に残っている。第1日目6661円、第2日目1万1093円、第3日目1万4086円、合計3万1840円。しかも多くの観客が詰めかけたため、市営バスの売り上げもふだんの1.5~2倍近くあったという。
■不況のあおりを受けて廃止されたあとは田畑と住宅
松江競馬場が完成した1929年は、ウォール街の大暴落がきっかけで世界大恐慌が起こった年だ。その影響からか、松江競馬場は経営不振がつづき1933年には満州事変が起こり、人々の暮しは競馬どころではなくなった。乃木村発展の秘策と期待された松江競馬場だったが1935年、完成からわずか6年で廃止されたのである。
その後、敷地は田畑となり、走路は道路として利用された。その周りに住宅が建ち並び、道路をそのまま使った住宅街ができあがった。戦後は、田畑として使用されていた走路の中が宅地開発されていき、現在の姿となっている。また、乃木村は1950年(昭和25)9月、松江市に編入された。
当たり前の話だが、ストリートビューでかつて走路だった道路をたどると、もとの場所に戻ってくる。やはり周回道路なのだと実感する。
競馬場の跡地であるという記念碑もなにも見当たらないが、電柱に「競馬場」とある小さな表示が、かつてここに競馬場があったことを物語っている。
【資料協力】松江市 文化スポーツ部 松江歴史館
(まいどなニュース特約・平藤 清刀)
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