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第4部 霧の立つ里

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 丹波篠山の冬の味覚、ボタン鍋。デカンショ節でも唄われる名物料理はかつて「イノ鍋」と呼ばれていた。地元猟師らが危険を顧みず続ける「追い山猟」で仕留められる獲物は、江戸期からの神事でも主役となる篠山の象徴だ。

山が宿る ぼたん鍋
シシ肉にヤマノイモ、コンニャク…。いろり端に山の幸、野の幸があふれる=篠山市火打岩、いわや(撮影・大山伸一郎)
シシ肉にヤマノイモ、コンニャク…。いろり端に山の幸、野の幸があふれる=篠山市火打岩、いわや(撮影・大山伸一郎)

 湯気が立ち上り、濃厚な甘みが香る。いろりの炭がパチリとはぜる。グツグツと煮える鍋の合わせみその中に、白と濃紅のコントラストが鮮やかなイノシシの肉を泳がせた。

 「ほら、食べ頃。ひと煮立ちで食べた方がうま味があるで」。兵庫県篠山市火打岩(ひうちわん)の料理店「いわや」で、あるじの岩本和也さん(49)が勧める。シシ肉は煮込めば煮込むほどやわらかくなり、うまくなるとは聞くが、なかなか奥が深い。

 ハフハフ、シャクシャク、ジュワッ。厚さ3センチはある白い脂身から甘みがあふれ出る。とろとろのみそだしをすすると、冷えた体の芯まで温まり、額に汗がじわり。ぼたん鍋。これぞ冬の味覚。山が宿ったような滋味が体中に染みる。

 さて、イノシシは全国各地にいるが、篠山のぼたん鍋がここまで有名になったのはなぜだろう。城下町と懐深い山々を探った。(上田勇紀)

篠山発祥 由来は民謡説
食肉用に集められたイノシシ=篠山市乾新町、おゝみや
食肉用に集められたイノシシ=篠山市乾新町、おゝみや

 篠山を歩けば、シシに当たる。

 城跡周辺では、店先のはく製や、飲食店の巨大オブジェが道行く人をにらんでいる。「雪がちらちら丹波の宿に 猪(しし)が飛び込む牡丹(ぼたん)鍋」。デカンショ節の一節がリアルに迫ってくる。市のマスコットキャラクターは丸いイノシシの侍だ。

 丹波は天城(あまぎ)(静岡県)、郡上(ぐじょう)(岐阜県)とともに、シシ肉三名産地の一つ。雪の少ない低い山を走り込んで肉に程よく霜降りの「さし」が入り、冷え込みもあって身が締まる。豊富な木の実などを食べ、冬場に脂が乗ってうまくなる。ここまでは、篠山がぼたん鍋の本場となった理由としてよく知られる。

 取材を進めると、由来についての興味深い話を耳にした。

 「ぼたん鍋って、シシ肉を皿に盛るとボタンの花に似てるからその名が付いた、と思てるやろ。実は逆。篠山発祥の名前が先やで」。篠山市商工会長の圓増(えんそう)亮介さん(58)は、父からそう伝え聞いた。

 1931(昭和6)年、市商工会の前身団体が、民謡「篠山小唄」の歌詞を募った。斎藤子郊(しこう)という地元の人の作品が採用され、その4番に初めて、「ぼたん鍋」という言葉が登場する。

 御嶽(みたけ)おろしに舞う雪の 窓の小篠に積(つも)る夜は 酔うて凭(もた)れて思われて 沸(たぎ)るなさけのぼたん鍋

 シシ肉をみそやさんしょうで煮込んだ料理はそれまで、「イノ鍋」と呼ばれていた。1891(明治24)年、篠山の老舗旅館「近又楼(きんまたろう)」(現・丹波篠山 近又)の当主が考案し、他店も出して人気を集めた。

 「でも、『イノ鍋』では4文字で七五調にならへん。そこで唐獅子牡丹(からじしぼたん)のシシからボタンを連想し、5文字の『ぼたん鍋』と言い換えたんやて」。この名前に合わせ、肉をボタンの花に似せて大皿に盛り付けるスタイルが定着し、ぼたん鍋の名前も広まっていったという。明治時代、篠山には陸軍の歩兵連隊が置かれ、滋養食として食べた兵士らがその味を忘れられず、郷里に帰り、言い広めたとも伝えられる。

 諸説紛々だが、地元に伝わる民謡の秘話に、思わず膝を打った。

追い山猟 昔も今も命懸け
猟犬と「追い山猟」へ向かう坂本知計さん。主犬の「クマ」(左)はイノシシの牙よけに特製のベストを着用している=篠山市内
猟犬と「追い山猟」へ向かう坂本知計さん。主犬の「クマ」(左)はイノシシの牙よけに特製のベストを着用している=篠山市内

 猪突(ちょとつ)猛進。故に、イノシシを捕らえるのは、昔も今も命懸けだ。

 昨年12月初旬の午前8時。兵庫県篠山市東部、弥十郎ケ嶽(やじゅうろうがたけ)(715メートル)の麓に、猟師の男性7人が集まった。リーダーの坂本知計(ともかず)さん(64)は猟犬の使い手だ。主犬(おもいぬ)のクマ(4歳・雄)など4匹が、おりの中で「クゥン」と鳴いて獲物を待つ。

 「犬と猟師を見たら、突進してくる。やるか、やられるか」。気温1度。白い息を吐きながら、坂本さんの表情が険しくなる。1年ほど前、愛犬のハナが100キロ超の大物にやられた。この道43年のベテランでも、「追い山猟」の前は鼓動が高まる。

 「行くぞ、ほえ!」。独特の掛け声の後、4匹が山に放たれた。しばしの静寂を挟んで、「オオーン」。鳴き声が遠く山に響く。待ち場(山の入り口)にも仲間を配し、犬が追い詰めたところを撃つ算段だ。

 坂本さんが叫んだ。「クマがシシ追いよる」。首輪にはGPS(衛星利用測位システム)の発信機を取り付けてある。手元の受信機で位置を確認し、山の裏側に車で回り込む。餌を掘り返した食(は)み跡があった。

 「近くにおるぞ」

 だが、捉えきれない。無線で仲間に指示を出しながら、山を半日駆け回って諦めた。「最近はわな猟を好む猟師も多い。でも犬で追うと、猟の醍醐味(だいごみ)が味わえる。狩猟文化を若い人にも伝えたい」。近年は狩猟者が減っている。親の代からの猟師という坂本さんの表情には、疲れと充実感が入り交じっていた。

畑の厄介者、恵みもたらす
イノシシとシカの板を狙う弓引き神事=篠山市今田町木津、住吉神社
イノシシとシカの板を狙う弓引き神事=篠山市今田町木津、住吉神社

 狙うは「シシ板」だ。1月2日、篠山市今田町木津(こつ)の住吉神社で、江戸時代から続くとされる「弓引き神事」があった。

 年男の福井一郎さん(71)が弓を引いた。「それ!」。矢が刺さった瞬間、氏子5人が的を取り合う。「やったあ!」。手にした男性は童心に帰ったような歓声を上げた。

 的はイノシシ、雌と雄のシカが描かれた3枚の板。集落では、これらの板を取った家が1年間、獣害に遭わず、豊作に恵まれると信じられている。特にシシ板が好まれ、床の間に飾って大切にする。

 「年末もシシに黒豆をやられた。厄介者ではあるけど、ほんまに身近な存在いうことやろなぁ」。福井さんが神事の意味に思いをはせる。

 シシありて。山の幸がもたらすぬくもりが、冬の篠山の名を高める。

(記事・上田勇紀 写真・大山伸一郎、斎藤雅志)

【イノシシと猟】
神戸新聞NEXT
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 兵庫県によると、有資格者が趣味でも楽しめる猟期は11月15日から3月15日まで。市町が許可した狩猟者が農作物被害を抑えるために実施する有害捕獲は通年で行うことができる。県内では2016年度、1万9648頭のイノシシを捕獲(猟期7996頭、有害1万1652頭)。10ある県農林(水産)振興事務所別では、捕獲数の最多は淡路島。但馬北部、西播、北播が続き、丹波は5番目だが、肉質の良さは全国に知られる。

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