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第4部 霧の立つ里

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 丹波市青垣町に特に多い「足立さん」。同町の1955年度~2016年度の小学校卒業生8045人を調べると、足立さんは3151人。その率なんと3割9分2厘だった。源流をさかのぼれば、地元で「とおまさこう」と今も敬われる、足立遠政への愛着があった。

「足立率」3割9分2厘
街中のあちこちで見られる「足立看板」。名字に名前を組み合わせた屋号も目立つ=丹波市青垣町内
街中のあちこちで見られる「足立看板」。名字に名前を組み合わせた屋号も目立つ=丹波市青垣町内

 「足立率」

 兵庫県丹波市内で取材中、聞き慣れない言葉を耳にした。職場や学校、集落などに占める足立姓の割合を指すらしい。

 播磨の「赤松」や「三木」など特定の地域に固まっている名字は兵庫県内に数あれど、足立の広域性と密度にはかなわない。丹波(京都府を含む)を中心に、北播や但馬など周辺地域で一定数を占める。

 特に集中する丹波市青垣町で、その規模感を客観的に示す貴重なデータに触れることができた。

 町内の4小学校を1955年度~2016年度に卒業した8045人のうち、足立姓は3151人。その率3割9分2厘。一族のルーツと関係が深い遠阪地区に限れば、実に6割近くを占める。

 この間、青垣町の人口は約1万1千人から約6千人に減った。歩調を合わせるように、足立率も緩やかに低下しているが、地元での存在感は今なお大きい。(小川 晶)

旧姓も結婚後も「足立さん」
足立さんが先祖を祭る「講」。丹波周辺ではなじみ深い行事だが、途絶えた地域も多い=丹波市青垣町桧倉
足立さんが先祖を祭る「講」。丹波周辺ではなじみ深い行事だが、途絶えた地域も多い=丹波市青垣町桧倉

 昨年12月初旬。もやに包まれ、うっすらと白む丹波の山並みをフロントガラス越しに眺めながら、北近畿豊岡自動車道の青垣インターチェンジを降りる。

 2、3分車を走らせると、「アダチ電化サービス」の看板が目に入った。「青垣に足立さんが多いって聞いて…」。店番の男性が黙って奥に入り、電話帳を手に戻ってきた。

 「めちゃめちゃおるで」。“第一の足立さん”である元治(もとじ)さん(74)がにんまりする。1枚、2枚と足立姓で埋め尽くされたページを繰っていく。「この辺りで『足立』と呼ぶもんはおらん。みんな名前や」

 では、同じ名前の場合は? 元治さんが「一郎さん」を例に挙げた。農協で働いているから「農協一」、信用金庫勤めなので「金庫一」。職業のほか、住まいの地区の名を付けて区別することもあるそうだ。

 さらに10分ほどハンドルを握る。元治さんの紹介で、ほとんどが足立姓という桧倉(ひのくら)集落へ。この家も、隣も、そのまた隣も…。

 旧姓も結婚後も足立姓の加津子さん(60)が、足立さんだけが集まる地元の行事を紹介してくれた。「株講」や「氏神講」と呼ばれ、年1回の開催がちょうど10日後に。当日、桧倉を再訪すると、墓地の一角にある石碑の前で、6人の足立さんがお経を唱えていた。

 米や酒とともに供える木箱の中には、墨書の札が入っている。最年長の治さん(79)によると、江戸時代前期の先祖の名前が記されているという。だが、桧倉全体のルーツではない。約40世帯が三つのグループに分かれ、別々の先祖を祭っている。

鎌倉時代の武士が源流
妙法寺に保管されている足立氏の関係資料。巻物の系図は藤原鎌足から始まっている=丹波市青垣町小倉(撮影・大山伸一郎)
妙法寺に保管されている足立氏の関係資料。巻物の系図は藤原鎌足から始まっている=丹波市青垣町小倉(撮影・大山伸一郎)

 本家42軒、分家273軒。

 「家族の源流 足立氏ものがたり」(中央公論事業出版)には、江戸時代後期の地誌から引いた氷上郡内の足立家(安達家を含む)の世帯数が記されている。国民全員が名字を名乗る明治時代以前の段階で、青垣周辺では既に相当な規模を誇り、複雑に枝分かれしていたことが分かる。

 源流は、鎌倉時代の一人の武士にある。1209年に武蔵国足立郡から青垣に移り、遠阪地区に山垣(やまがい)城を築いた足立遠政(とおまさ)だ。名門藤原氏の血を引き、姓の由来となった郡名は東京都足立区に引き継がれている。

 遠政の屋敷があったと伝わる佐治地区の妙法寺を訪ねた。応対してくれたのは、「家族の源流-」の著者で前住職の竹内正道さん(81)。研究者らとの交流を通じ、家系図など足立氏関係の資料を数多く保管する。

 早速、尋ねてみた。「なぜ、これほどまでに足立姓が多いのでしょうか」。竹内さんは、戦国時代、明智光秀の丹波攻めに敗れた後の処遇が大きかったとみる。戦に負けて滅ぼされたり、離散したりする一族がある中で、足立氏の多くは帰農することで許されたという。「攻防の要所でもなく、光秀側にしたらうまみのない土地だったから寛大に扱ってもらえたんでしょうな」

 武士の身分は捨てたものの、地元で勢力を維持する。その後も分家を重ね、明治時代になって平民が名字を付ける際には、遠政への愛着から足立姓がさらに増えた。これが、竹内さんの見立てだ。

進む人口減、高齢化…新たな命も
昨年末に生まれた足立恋華ちゃん(中央)を星菜さん(右)、美颯さんの2人の姉がかわいがる=丹波市青垣町
昨年末に生まれた足立恋華ちゃん(中央)を星菜さん(右)、美颯さんの2人の姉がかわいがる=丹波市青垣町

 「妻の旧姓も、繁忙期に来てくれるパートも、足立さんですね」

 朝倉勝治さん(51)が笑う。青垣の産業に川魚アマゴの養殖があると聞いて訪ねた「あまご村」。経営者の名字は違えども、やっぱりどこかで足立姓とつながっている。

 養殖の将来を聞くと、朝倉さんの表情が寂しげに。1960年代以降、町内を流れる加古川の恵みを生かして広がったが、後継者不足などで次々に廃業した。「3軒の足立さんが辞めて、今はうちだけです」

 丹波の他の地域と同様、青垣でも高齢化が進む。町内にあった四つの小学校は昨春、1校に統合された。卒業生の足立率も下がり、4割超えが当たり前だったのが、近年は2割を切ることも。それだけ若い足立さんが地元を離れているのだろう。

 今年1月下旬、寒波で白く染まった青垣。年末の12月8日に生を受けたばかりの足立さんに出会った。光さん(37)、史(ふみ)さん(36)夫妻の三女恋華(れんか)ちゃんだ。優しく抱きかかえる2人の姉を、ゆっくりとしたまばたきで見つめている。

 「ありふれた名字なんで、他の子とかぶらないような名前を付けました」

 光さんがほほ笑む。愛らしく咲く花のように、地域のみんなに愛される存在に-。2506グラムの新たな命に、そんな願いを込めたという。(記事・小川 晶、写真・大山伸一郎)

青垣の「足立さんあるある」
神戸新聞NEXT
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 青垣の「足立さんあるある」      

・名前で呼ばれることに慣れすぎて、青垣を離れた時に「足立さん」と呼ばれても気付かない

・野球の試合で、“足立だらけ”のスコアボードに相手チームがざわつく

・足立さん同士の結婚も、足立家が別の足立家から養子をとることも珍しくない

・同じ「アダチ」でも、安達さんへの親近感はいまいち

・何だかんだ言って、足立姓が気に入っている

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