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第4部 霧の立つ里

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 兵庫県丹波地域には各地に節分にまつわる伝統が生きる。丹波市の常勝寺ではユーモラスな鬼が登場する「鬼こそ」。篠山市の王地稲荷神社では三角袋に入った豆をまく。また、丹波市の折杉神社では、農作物の出来を判断する「粥占い」に人々が集う。

恐ろしや 鬼の架け橋
渡る世間に鬼はないというが、鬼の架け橋は渡るに怖い。国道沿いから見上げるのも一興だ=丹波市柏原町上小倉(撮影・斎藤雅志)
渡る世間に鬼はないというが、鬼の架け橋は渡るに怖い。国道沿いから見上げるのも一興だ=丹波市柏原町上小倉(撮影・斎藤雅志)

 鬼こわっ。

 鬼はもちろん怖いけど、この風景も相当怖い。

 兵庫県篠山市と丹波市の市境、鐘ケ坂(かねがさか)峠。標高540メートルの金山(きんざん)を登ること小一時間で目に飛び込んでくるのが、「鬼の架け橋」だ。

 V字形の岩場に横たわる巨岩越しに、こわごわ下をのぞき込む。下界ははるかかなた。少し風でも吹こうものなら、足はガクガク、目がくらむ。これはもう、いけません。さすが、あの浮世絵師歌川広重も描いた奇勝である。

 今では新鐘ケ坂トンネルのおかげで峠越えも楽々。だけど、昔はさぞ恐ろしい難所だったことだろう。

 橋を架けたのは、源頼光の鬼退治で知られる大江山の鬼との言い伝えがある。多可町との境の篠ケ峰にも鬼の民話があるというし、篠山の旧陸軍歩兵第70連隊は別名、“丹波の鬼”だ。

 丹波では、鬼が出るか、蛇が出るか。丹波竜が出た丹波市山南町へ、ひとまず峠を後にした。

福をもたらす「鬼こそ」
たいまつの一番鬼を先頭に、足並みそろえて練り歩く。鬼こその後のお楽しみは、豆まきでなく、餅まきだ=丹波市山南町谷川
たいまつの一番鬼を先頭に、足並みそろえて練り歩く。鬼こその後のお楽しみは、豆まきでなく、餅まきだ=丹波市山南町谷川

 雪の残る、山の麓に鬼が出た。

 丹波市山南町にある法道(ほうどう)仙人開基の古刹(こさつ)、天台宗常勝寺(じょうしょうじ)。2月11日の「鬼こそ」行事は、365段の石段を登った本堂で行われる。

 「さぶいなあ」。読経の響く中、「鬼こそ保存会」の4人が鬼の衣装を着込み、白布を巻き付けていく。本尊の前にある、赤と青の鬼の面は目玉が飛び出て、怖いというより、ユーモラスだ。

 たいまつ、槍(やり)、刀、錫杖(しゃくじょう)を手に、銅鑼(どら)や太鼓が鳴る堂内を、法道仙人に扮(ふん)した檀家(だんか)の男児を先導に巡る。「餅切り」や「火合わせ」をして、行きつ戻りつする独特のステップで外縁へ。たいまつを境内に勢いよく投げ込むと、参詣人が押し寄せる。焼け残りには御利益があるという。福をもたらす、いい鬼だ。

 鬼は、厄年の男が厄払いで務めていたが、「今はなかなか」と保存会の足立敏さん(57)。たいまつを奉納する足立家では「うちが作らんと、火つかへん」と伝えられる。

 「餅つく家とかも決まっとった」。だが、継ぐ人が絶え、鬼の演じ手も先細りに。20年ほど前、地元青年の集まりから、10人足らずで自然発生的にできたのが保存会だ。

 神戸・長田神社の「古式追儺(ついな)式」や加東・朝光寺の「鬼追踊(おにおいおどり)」など、「兵庫県は鬼会(おにえ)が多いが、丹波では鬼こそが唯一」と篠山市の民俗学者久下(くげ)隆史さん(68)は言う。しかも、法道仙人の教化で善鬼になったというような演出は他にないという。

 鬼会の源流は、平安時代に天台系寺院で行われた正月行事の修正会(しゅしょうえ)。仏に従い、魔を払う鬼が出るのを、芸能的に鑑賞した。一方の追儺は、12月みそかに悪鬼を払う宮中行事で民間に入り、節分の鬼追いになる。修正会の鬼も追儺の影響を受けて、悪鬼として追われる存在になった-と久下さんはみる。

 一口に鬼といってもいろいろだ。

福豆は三角袋 王地山稲荷
王地山稲荷の福豆は三角袋。赤青黒の3色の角は「三欲の鬼」を表し、まくと角が取れるのがミソ=篠山市河原町
王地山稲荷の福豆は三角袋。赤青黒の3色の角は「三欲の鬼」を表し、まくと角が取れるのがミソ=篠山市河原町

 「鬼はー外ぉー、福はー内ぃー」

 2月3日午後8時、篠山市の王地山(おうじやま)稲荷の本堂では掛け声とともに、キツネの面をかぶり、豆まきを開始。あふれんばかりの人たちが、われもわれもと手を伸ばす。

 「先代の頃は『福は内、鬼も内』と言っていた」と吉田英昭住職(72)。本院の本経寺は日蓮宗。お釈迦(しゃか)様が改心させた鬼子母神(きしもじん)をまつるためだという。

 立春前日の節分だけに、深夜0時の豆まきが恒例だったが、高齢化に配慮し、6年前から午後3時と8時の2回に変更。豆をまく厄年の男女も「申し込みが少なくなった」。

 それでも、心温まる接待の風景は変わらない。近在からのお供えで、5升も炊くぜんざいは、丹波大納言小豆の里ならではの味だ。

 その小豆の今年の作柄は-。

 丹波市市島町の折杉(おりすぎ)神社で節分祭に行われるのは「粥(かゆ)占い」。県内では淡路に多いが、丹波はここだけ。「管試(くだだめ)の神事」と呼ばれている。

 かがり火の脇で粥を炊き、13本の竹筒を入れる。中に入った米粒の量を見て、当番の氏子が13種の作物の出来を判断する。「昔は死活問題やで」と総代の大槻日出男さん(71)。農業技術が進んだ今も、竹を割ると一喜一憂する声が思わず上がる。

 今年の結果は「一(早稲)は上上や」「五(小麦)は下」…。そして小豆は「中の下」。鬼を打つ大豆は「下」と、豆類は要注意らしい。

篠山の伝統食「とふめし」
長安寺、町の田、大山新の旧3カ村の伝統食「とふめし」=篠山市大山新
長安寺、町の田、大山新の旧3カ村の伝統食「とふめし」=篠山市大山新

 豆といえば豆腐、豆腐といえば、鬼の架け橋に近い篠山市大山地区には伝統食の「とふめし」がある。

 明治初期まで講のごちそうは品数が多く、お嫁さん泣かせ。見かねた長老の「ご飯に混ぜてはどうか」との言葉からできたのが、とふめし。2007年からは、地域活動拠点の「コミュニティキッチン結良里(ゆらり)」がランチで提供している。

 じっくりゆでた木綿豆腐を、サバの水煮、炒めたゴボウやニンジンとご飯に混ぜながら、つぶしていくとできあがり。「水分が多い、プリンみたいな豆腐ではおいしくない」と代表の森本淑子さん(80)。こだわりの味はまさに“畑の肉”。鬼うま、いや、神うまい。

 季節は巡る。3月の大山の里にはセツブンソウの愛らしい花が咲く。

 春が、日一日とやって来る。

(記事・田中真治 写真・斎藤雅志、大森武)

【鬼の芸能】
神戸新聞NEXT
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 摂津から播磨の南部に広く分布し、「兵庫県の民俗芸能」(1997年)は約30件を記録(廃絶含む)。東光寺の鬼会(加西市)は2006年に国の重要無形民俗文化財に指定され、「鬼こそ鬼よ」のはやし言葉がある。常勝寺の鬼こそもこれに由来する名称と久下隆史氏は指摘するが、鳴り物で騒ぐ「鼓騒(こそう)」が転じたとの説を同寺では案内している。長田神社の追儺式は、明治以前は社内の薬師堂の鬼追で、神仏分離と薬師堂の焼失により、神道的名称の節分行事となった。

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