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第4部 霧の立つ里

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 お茶といえば初夏、だけではない。冷え込み厳しい真冬に摘み取り、手もみする「寒茶」が、兵庫県篠山市東部の後川(しつかわ)地区で今も守られている。一度は廃れた「幻の味」はしっかりと甘く、住民同士をつなぐ大きな役割も果たしていた。

寒さが磨く甘いお茶
蒸したての茶葉を手でもむ子どもたち=篠山市日置、城東小学校(撮影・斎藤雅志)
蒸したての茶葉を手でもむ子どもたち=篠山市日置、城東小学校(撮影・斎藤雅志)

 白い軍手が、見る見る緑に染まる。蒸し上がった熱々の分厚い茶葉をゴシゴシゴシ。むしろの上でもみほぐす。深い香りが漂う。「焼き芋の匂いがする!」。児童の一人が叫んだ。

 1月中旬、篠山市東部の城東小学校であった寒茶(かんちゃ)作り。茶といえば初夏と思いがちだが、校区の後川(しつかわ)地区には、一年で最も冷え込みが厳しい時期に摘み取って飲む茶がある。

 鮮やかな黄金色のしずくが茶わんに注がれた。「お茶なのに、苦くなくて甘いよ」と森口蓮央(れお)君(9)。厳しい冷え込みが葉に甘味とうま味をもたらす。子どもたちは6月にも同じ茶葉で味わったが、「あのときよりもずっと甘いで」。ゴクゴクと飲み干した。

 実はこの寒茶、後川では40年ほど前から作る人が減り、「幻の茶」となっていた。復活の陰には、子どもたちと地域の女性たちとの絆があった。

山裾に茶畑 篠山・後川
真冬に茶葉を刈り取る住民ら=篠山市後川上
真冬に茶葉を刈り取る住民ら=篠山市後川上

 「後川」と書いて「しつかわ」。難読地名で知られる、篠山市東部の小さな集落が今回の舞台だ。

 オオサンショウウオがすむ渓流・羽束(はつか)川の上流にあたる。兵庫県猪名川町や大阪府能勢町に接し、平家の落ち武者が傷を癒やしたという篭坊(かごぼう)温泉のある山あいに、約170世帯400人が暮らす。

 山の尻(後ろ)に川が流れることから、「尻川(しりかわ)」が「シッ川」になり、転じて「後川(しつかわ)」に。言い伝えが表す通り、深い山々に囲まれる。

 コンニャクにさんしょう、米。豊かな農産物の中でも、鎌倉時代に栽培が始まったと伝わる茶は特別な存在だ。「山裾に茶畑の広がる景観は後川の代名詞やった」。地元で農業を営む澤田秀美さん(69)が、今は荒れてしまった茶畑を眺める。この地に根付く在来種が、山裾でぼうぼうに伸びていた。

 1969(昭和44)年、組合員80人による「後川茶業共同組合」が発足し、製茶工場もできた。21ヘクタールの栽培面積を誇り、篠山市味間(あじま)地区とともに「丹波茶」の名を世に広めた。

 寒茶(かんちゃ)は、茶農家にとって冬の楽しみだった。小寒から節分のころに摘めば、糖分をたっぷり蓄えて甘い。後川や味間のほか、徳島県南部などでも飲まれてきた。

 土井裕子さん(70)は昭和40年代後半、義母が冬に茶葉を摘み取って庭先でもみ、寒茶を作ってくれたのを覚えている。「葉が堅くて売り物にはならへんけど、一番おいしかった」。苦味や渋味が少なく、赤ちゃんや子どもでも安心して飲めた。夏まで茶葉を置き、麦茶代わりに冷やして飲むこともあった。

 初夏の一番茶、夏の二番茶、秋の三番茶、そして真冬の寒茶。移ろう四季とともにあった茶の風景は、茶業の衰退と人口減少によって、徐々に姿を消していった。

幻の味、復活へ 世代超え協力
後川の女性たちに教わり、体験授業で寒茶を入れる児童=篠山市日置、城東小学校
後川の女性たちに教わり、体験授業で寒茶を入れる児童=篠山市日置、城東小学校

 寒茶作りがほぼ廃れ、味わった経験のない世代が多くなった2009年1月。少子化に伴い、閉校を翌年に控えた後川小学校で、ある授業があった。

 当時、教諭だった西羅英理(にしらえり)さん(62)が、地場産業について教える中で寒茶を知り、その作り方を覚えている女性たちに講師を頼んだ。

 3、4年生の3人が、手ほどきに沿い、見よう見まねで茶もみに挑んだ。出来たての寒茶を飲む。「甘い!」。たちまちこの味のとりこになった。子どもたちは「甘寒茶(かんかんちゃ)」として商品化し、販売もした。

 その姿に胸を打たれたのが、教えた女性たちだった。倉綾野(あやの)さん(79)は「喜ぶ子どもたちの姿に背中を押されたというか、気付かされたというか…」。136年の歴史を刻んだ後川小が閉校し、峠向こうの城東小に統合された後も、年に1度だけ、仲間で寒茶作りを続けるようになった。

 後継者難で、茶工場は13年に閉鎖され、翌年には組合が45年の歴史に幕を下ろした。ほとんどの生産者が廃業する中、土井孝子さん(77)は寒茶のために茶畑の世話を続ける。「小学校がなくなり、地域に活気がなくなってしもた。でも『もっと寒茶が欲しい』と言うてくれる人もおる。それが活力になるんよ」

 後川小の体験授業は城東小に。女性たちの取り組みは、地区をまとめる後川郷(さと)づくり協議会に引き継がれた。寒茶の輪は広がっている。

人をつなぐお茶 まろやかに
8年前に閉校した旧後川小学校の講堂に、もんだ茶葉を広げて乾かし、寒茶を仕上げる=篠山市後川上
8年前に閉校した旧後川小学校の講堂に、もんだ茶葉を広げて乾かし、寒茶を仕上げる=篠山市後川上

 冷え込みが緩んだ1月21日朝。旧後川小の講堂に、住民や市外から手伝いに来た約40人が集まった。

 「毎年来とうで。ギシギシこすりつけるのがこつや」。城東小2年の大月拓實(たくみ)君(7)が、得意げに湯気の立つ茶葉をもむ。その周りを、住民らが囲んで手を動かす。今年の寒茶作りも活気にあふれた。

 「人をつなぐお茶」。寒茶作りを手伝う、篠山市のNPO法人「風和(ふうわ)」の向井千尋さん(50)はそう表現する。過疎化が止まらない小さな集落で、茶を囲んでの共同作業が新たな縁を紡ぐ。

 自然乾燥を終え、間もなく寒茶は出来上がる。3月18日、旧後川小で催す「春来いまつり」で販売する。

 寒茶の甘さは冬のせいばかりではない。古里を思う人々の手でもまれた寒茶は、飲む人の心を優しく、まろやかにしてくれる。茶の里・後川の伝統はどっこい生きている。(記事・上田勇紀 写真・大山伸一郎、斎藤雅志)

【丹波茶】
神戸新聞NEXT
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 平安時代には栽培されていたとされ、江戸時代には篠山藩の主力商品に成長した。兵庫県内の主な産地の荒茶(1次加工した茶)生産量は減少傾向にあり、2016年は74.3トン。その6割に当たる43.1トンを篠山市産の丹波茶が占める。JR篠山口駅に程近い味間地区が主産地。県内には丹波茶のほか、三田市の母子(もうし)茶、加東市の播磨やしろ茶、朝来市の朝来みどり、神河町の仙霊(せんれい)茶、佐用町のあさぎり茶などがある。

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