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第5部 海山美(みやび)の春

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 長さ約60センチの大草履に、直径3センチほどの太い箸が縄でつないだものが集落の入り口や家の軒先につるされる。「村にはこんな大男がいるぞ」という魔除けの意味が込められていると言われる。「コト」は村人が集まるという意味。早春、集落の男たちが集まり一日がかりで完成させる。地域の安全や無病息災を願い、集落の一年がはじまる。

魔よけのコトノハシ
できあがったコトノハシを背負い、雪道を歩く村人。草履は男性の背中ほど大きい=養父市長野(撮影・大山伸一郎)
できあがったコトノハシを背負い、雪道を歩く村人。草履は男性の背中ほど大きい=養父市長野(撮影・大山伸一郎)

 長さ約60センチの大草履に、直径3センチほどの太い箸。「ガリバー旅行記」の巨人の国に出てきそうなアイテムが、厳冬の但馬にある。

 両者を縄でつなぐ。さらに、わらで編んだ船と三つの風鈴をぶら下げて、「コトノハシ」の出来上がり。村の入り口や家の軒先につるされた風変わりな飾りが、雪に揺れる。

 「村にはこんな大男がいるぞ。だから入ってくんなよ。そんな魔よけの意味らしいねぇ」。養父市建屋(たきのや)地区の柴集落の長老、椿敏夫さん(79)が話す。

 「コト」は村人が寄り集まるという意味だ。今年は2月4日、椿さんの作業場で、集落の男性がわらを編んだ。女性はぼた餅を作りながら、にぎやかに一日がかりで完成させる。

 ただし、つるすのは、組長ただ一人の仕事。夜、誰にも見られないように雪を踏みしめる。地域の安全や無病息災を願いながら。

 小さな集落の一年が、こうして始まる。

神に供える 巨大わら飾り
たたいて柔らかくしたわらでコトノハシを編み上げる。昔ながらの手作業だ=養父市長野
たたいて柔らかくしたわらでコトノハシを編み上げる。昔ながらの手作業だ=養父市長野

 「コト」には、節分行事の神妙さと、新年の集いの和やかさが同居する。養父市建屋(たきのや)地区の柴集落では、どちらかといえば後者が勝る。

 「『としちゃん』の体には、山里で生きる技が刻み込まれてるんや」

 村の若者が、親の世代よりも上の椿敏夫さん(79)を愛称で呼ぶ。山あいの集落で暮らす住民は12世帯。老若男女を問わず、気安く声を掛け合える関係が根付いている。

 2月4日、「コトノハシ」を作るために集まった男性は7人。わらで草履や飾りを編み、栗の木を割って箸にする。作業場を提供する椿さんが、控えめに注文を付ける。「そこは『逆(ぎゃく)ない』やで」

 飾り全体をつなぐ縄は、神様のものなので通常とは逆手で、左前になるように縄をなう。これに対し、草履は村の大男が履くものだから普通に編む。

 「ちょっと休憩しようや」。栗の木を割っていた男性が、友人の猟師からもらったというイノシシの肉をストーブの上で焼き始めた。地酒をくみ交わす。バサッ、バサッ。屋根から雪が落ちる音が聞こえる。

 「こんなに寒いと遠くに行けんからな。なんか集まる機会が欲しかったんちゃうかな」

 大きな履物を編んで神様に供える風習は、但馬地域を中心に兵庫県北部に伝わる。雪で遠出できない日に村人が寄り集まって作ったとも、旧正月を祝うための行事だったとも。豊岡市日高町の田ノ口地区では「賽(さえ)の神(かみ)祭」と呼び、巨大な草履とわらじを片方ずつ編んで神木につるす。

落ちる瞬間 見れば幸せに?
電柱につるされたコトノハシ。落ちる瞬間を見た人には幸運が訪れるという=養父市長野
電柱につるされたコトノハシ。落ちる瞬間を見た人には幸運が訪れるという=養父市長野

 「今年もいいコトノハシができました」

 椿さんの作業場から坂を上った先にある公民館で、村の組長、藤原広巳さん(57)があいさつした。できあがったばかりのコトノハシが、床の間につるされている。

 机の上には、全12世帯と神様の分のぼた餅が並ぶ。きねと臼で粗めに米をつき、たっぷりのあんこで覆った女性たちの手作りだ。

 「学校から帰ると、せっせと草履を編んでなあ。翌朝、それを履いて山に入り、牛の世話をしたり山菜を集めたりしとったんや」

 椿さんが幼い頃を振り返る。中途半端に作ると歩きづらい。大人たちの見よう見まねで頑丈な編み方を覚えた。遠くから山を見れば、どこに何の木が生えているかが分かるようにもなった。

 その腕と目があるからこそ、コトノハシができる。だが、今の日常生活で生かせる場面はほとんどない。伝承が廃れていく背景として、過疎化や高齢化が指摘されることが多いが、生活様式の変化も大きい。

 集落につるされたコトノハシは、風雪や雨に打たれ、いつしか縄が切れる。地面に落ちる瞬間を見ると幸運が訪れるらしいが、見た人は誰もいない。

庚申さん 子どもらが豆集め
市街地を練り歩き、豆を集めて回る子どもら=豊岡市千代田町
市街地を練り歩き、豆を集めて回る子どもら=豊岡市千代田町

 ヒイラギの枝にイワシの頭を付けて飾る、飾り餅を供える、麦飯を食べる…。かつては地域ごとに個性があった節分の行事も、商業化によって集約されつつある。

 年ごとに最も良いとされる方角を向き、巻きずしを一口で食べきる「恵方巻き」は、コンビニの店頭にも並ぶ。そして、「鬼は外、福は内」の掛け声が響く豆まき。まいた豆は年の数だけ食べるのが定番だが、子どもらの行列が回収する風習が豊岡市の中心部に残っている。

 2月3日夜、どんどがたかれた京口庚申(こうしん)堂(豊岡市城南町)を、約50人のちょうちんの列が出た。ほら貝を吹き、鈴を鳴らしながら「厄、払いましょう」と声を合わせて市街地を巡る。住民は、まき終わった豆を年の数だけ袋に入れ、玄関先で待ち構えて子どもらに手渡す。

 由緒は不明だが、白装束で練り歩いた時期もあり、民間信仰の流れもくんでいるそうだ。お堂で待つ中村登さん(88)が話す。「庚申さんのご縁で厄を払って、『今年も無事に年を取れますように』と願っとったんでしょうなあ」

 行列は1時間半ほどで戻ってきた。集めた豆は、読経して供養する。降り積もった雪の真ん中で、どんどがひときわ赤く、暖かく映る。

 節分。季節を分けると書く。但馬ではまだ、冬のさなかである。

(記事・金慶順、小川晶 写真・大山伸一郎、斎藤 雅志)

【節分】
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 四季の始まりの前日を指し、現代では、特に立春の前日を表す言葉として一般的になっている。平安、鎌倉時代ごろには「方違(かたたが)え」という方位の神がいる方向を避けて外出する風習があり、室町時代以降は中国由来の豆まきが定着したとされる。餅を飾るなど正月と重なり合う行事が伝わっているのは、立春が旧暦の1月1日と前後していたことが一因と考えられている。

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