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第5部 海山美(みやび)の春

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 「甘くて、軟らかくて、大きい」。兵庫を代表するブランド野菜、岩津ねぎ。肉厚の葉と根からとろりとした甘みが広がる朝来市の宝は、隆盛期の生野銀山にルーツがあった。この地の風土に育まれて進化し続ける絶品、おいしくないわけがない!

ネギボウズはじけて
丸々とした岩津ねぎのネギボウズ=朝来市石田(撮影・大山伸一郎)
丸々とした岩津ねぎのネギボウズ=朝来市石田(撮影・大山伸一郎)

 葉っぱの先の緑のボンボンが日ごとに白くなり、やがてパンッ。あっちも、こっちも、ゆ~らゆら。春風に揺れるネギボウズは、どこかほほ笑ましい。

 4月11日。「天空の城」と名高い国史跡・竹田城跡に程近い、朝来市石田。岩津ねぎ生産組合の米田隆至(たかし)組合長(72)がこまめに畑を見回り、手入れする。

 「組合員に配る種が、ボウズに詰まっとる。この種を採るんが、一番大事な仕事なんよ」

 肉厚の葉と根からとろりとした甘みが口いっぱいに広がる岩津ねぎは、食通にも定評がある。出荷は3月で終わり、来季は11月から。今ごろ農家は一休み-と思いきや、もう次の“戦い”は始まっていた。

 岩津ねぎ発祥の朝来市岩津地区で採った、良質の種(しゅ)の子孫を残す取り組みだ。

 ネギはネギでも、一味も二味も違う。兵庫を代表するブランド野菜の秘密を探る。

岩津ねぎは地域の宝
「甘い、太い、軟らかい」がキャッチフレーズの岩津ねぎを収穫する嵯峨山義博さん=朝来市岩津
「甘い、太い、軟らかい」がキャッチフレーズの岩津ねぎを収穫する嵯峨山義博さん=朝来市岩津

 但馬一の大河、円山(まるやま)川の支流が流れる山あいに、太い岩津ねぎの青葉がピンと伸びていた。

 「ここが本場ですわ」

 嵯峨山(さがやま)義博さん(74)が周囲を見回す。2月中旬、兵庫県朝来市岩津。岩津ねぎの生誕地を訪れた。

 「台風が来て、こけたもんじゃけえ、伸びなんだ」。昨秋の台風に加え、大雪も重なって苦しいシーズンとなった。

 ズッ、ズッ。長靴で農業用フォークを土に押し込む。引き抜いて一皮むけば、真っ白でつやつやした白根(しろね)が姿を見せる。「一番好きなんは、やっぱりすき焼きや。肉はちょっとでええ。よそのは口に残るけど、岩津ねぎはとろけてしまうわ」

 幼い頃から、岩津ねぎ農家の父を手伝った。「ネギでは食うていかれへんで」。そう諭されて左官業に就いた。ネギ農家を継いだのは7年前。「周りも皆、仕事を引退して始めた人ばっかりや」。市の調査では、生産者の8割超が65歳以上という。

 春に種をまき、秋には土をかぶせる「土寄せ」を繰り返して白根を増やす。出荷作業はいてつく冬場。それでも白根の長さや全長など、基準を満たさないものは岩津ねぎを名乗れない。「しばらく見んと、ネギは違うようになっとる。ほかの仕事を持ちながら育てるんは厳しい」。嵯峨山さんの実感だ。

ルーツは銀山の隆盛期
サイズを測る「岩津ねぎスケール」を手に進む出荷作業=朝来市岩津
サイズを測る「岩津ねぎスケール」を手に進む出荷作業=朝来市岩津

 岩津ねぎは、生野銀山が隆盛の頃、労働者のために栽培が始まったと伝わる。雪深い山地の冬一番の栄養補給源だった。江戸後期には、岩津のネギを「佳品」と称賛する文献も見られ、その希少さから「幻のネギ」と呼ばれた。

 最初は京都の九条ねぎに似た青ネギだったが、昭和初期、関東の白ネギと掛け合わせて進化した。青い葉も、白い根っこも両方味わえる「中間種」に生まれ変わった。

 「関東の人に送ると、『こんなネギ、食べたことない』と驚かれますよ」。兵庫県立農林水産技術総合センター北部農業技術センターの福嶋昭・上席研究員(60)は、その味に太鼓判を押す。

 特徴は軟らかさ。湿気が多く、寒暖差が激しい南但馬の気候と土に育まれる。全国の他産地のネギと比較した研究では、岩津ねぎが外側から中心まで最も安定して軟らかく、関東で人気の高い下仁田(しもにた)ネギ(群馬県)をも上回った。

 軟らかさは弱点にもなる。雪や風で倒れやすい上、輸送中に折れ曲がる。横に広がり、袋詰めに適さないネギも多かった。同センターは2004年度から3年間、岩津で種を厳選し、これを「原々種」とした。この種なら、すらっと伸びて、袋詰めしやすい岩津ねぎが育つ。

 生産組合がこの原々種の子孫を育て、毎年、種を組合員に渡す。袋詰めしやすく、輸送も便利な岩津ねぎを生み出すサイクルが定着した。

 岩津から旧朝来町へ、「平成の大合併」に伴い朝来市全域へ。岩津ねぎは市の看板ブランドに成長した。「大阪の市場などから、『もっと欲しい。なんぼでも売れる』と声が掛かる」。朝来市農林振興課の野田勝文課長補佐(44)は驚く。

 ただ、規模は市内の生産者250人で約30ヘクタールにとどまる。全国には100ヘクタールを超える産地が幾つもある。市は「技術を学べば、岩津ねぎで食べていける」とアピールし、移住する就農者を呼び込む。

アイデア料理 若者も
コンテストで作られた岩津ねぎ料理の数々=朝来市和田山町寺谷
コンテストで作られた岩津ねぎ料理の数々=朝来市和田山町寺谷

 調理室に緊張感が漂う。

 「残り1分です」「はい、終了してください!」

 朝来市の和田山クッキングスクールで2月、岩津ねぎ料理コンテストが開かれた。書類審査を通過した8組が、50分の制限時間内に独創的な料理を仕上げた。

 生野中学校3年の女子生徒(14)は、生野銀山の鉱石から作られる「カラミ石」に見立てたミートローフを調理。「カメラがいっぱいで緊張した。もうちょっと時間があれば…」と悔しそうだ。優勝した生野高校家庭科部の女子生徒(16)は「ネギは好きじゃないけど、岩津ねぎなら食べられる」と笑う。

 審査員を務めた生産組合長の米田隆至さんは「若い人が参加してくれるのは、うれしいで」と相好を崩した。岩津ねぎは地域の宝。朝来の活力の源泉だ。

 ああ、何とも言えぬあの甘み。春らんまんの中で、もう冬を待ち焦がれている。

(記事・上田勇紀 写真・大山伸一郎)

【生野銀山】
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 室町時代の1542年、但馬守護職・山名祐豊(すけとよ)が銀石を掘り出したのが本格的な開坑の起源とされる。江戸時代には佐渡金山(新潟県)、石見(いわみ)銀山(島根県)と並び幕府の財政を支えた。1868年に官営鉱山となった後、三菱合資会社に払い下げられた。1973年に閉山。現在は史跡となり、観光施設としても活用されている。昨年、マネキン60体の「ギンザンボーイズ」が話題を呼んだ。

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