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第5部 海山美(みやび)の春

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但馬、丹波、丹後の旧3国で最もにぎわうという意味で「三たん一」の大祭と称される「出石初午」。3月中旬に催され、「春告げ祭り」とも呼ばれる。城下町にはずらりと露店が並び、3日間で数万人が訪れるという。一方、二十四節気の一つ「立春」の2月4日には、出石神社で平安期から伝わるとされる神事「立春祭」があった。境内に露店や氏子の姿はない。宮司一人が、海藻のホンダワラなどを神前に供え、豊作などを祈る。

出石城下 桜ほころぶ大祭
3日間で数万人が訪れるという出石初午。露店がずらりと並び、城下町に春を告げる=豊岡市出石町(撮影・大山伸一郎)
3日間で数万人が訪れるという出石初午。露店がずらりと並び、城下町に春を告げる=豊岡市出石町(撮影・大山伸一郎)

 出石藩5万8千石の面影を残す街並みに、100ほどの露店が連なる。ほころび始めた広場の桜。子どもたちが菓子を頬張り、お年寄りが鉢植えを品定めしている。

 3月中旬、豊岡市出石町で催された「出石初午(はつうま)」は「三たん一」の大祭と称される。但馬、丹波、丹後の旧3国で最もにぎわうという意味だ。江戸期以来、400年余りの伝統がある。

 またの名を「春告げ祭り」。昭和の時代は、種や農機具が並び、雪解けを待ちわびた農家が買い求めていった。ガマ油、バナナ、ひよこ…。行き交う人も商品も、雑然としていた。

 近年はレクリエーションの色合いが強まり、規模も小さくなった。それでもやっぱり、但馬の人たちにとっては特別な3日間だ。

 「春なのに」。そんな感傷的な響きは似合わない。「春だから」。長い冬を乗り越えた純な喜びが、城下町にあふれる。

「仙石さん」愛着深く
出石城跡の周辺を散策する人たち。今年の出石初午では、早咲きの桜がほころび始めていた=豊岡市出石町内町
出石城跡の周辺を散策する人たち。今年の出石初午では、早咲きの桜がほころび始めていた=豊岡市出石町内町

 雪国の生活を支える必需品、スタッドレスタイヤをノーマルタイヤに取り換える時期はいつ?

 出石では、城跡(豊岡市出石町内町)の周辺で3月中旬に催される「出石初午(はつうま)」がそのタイミングに当たるという。NPO法人「但馬國出石観光協会」専務理事の加藤勉さん(66)が説明する。「春を告げる祭りですから、みんな意識するんでしょうね。実際に、初午を過ぎて雪が降ることはほとんどありません」

 タイヤ交換のエピソードを含め、出石初午には今昔さまざまな伝承が受け継がれている。一つ一つをひもといていくと、出石の歴史や風土が、この3日間の祭りに詰まっていることが分かる。

 キーワードは、「仙石(せんごく)さん」。戦国武将・秀久を中興の祖とし、但馬随一の繁栄を築いたとされる出石藩主への愛着は、今なお深い。

春の喜び 初午に託し
「外れなし」で有名な出石初午名物のくじ。お守りを買うと、1回引くことができる=豊岡市出石町内町
「外れなし」で有名な出石初午名物のくじ。お守りを買うと、1回引くことができる=豊岡市出石町内町

 五右衛門の涙。

 3日間のうち、1日は天気が荒れるという「春告げ祭り」らしからぬ言い伝えを、出石の人たちはそう呼ぶ。安土桃山期の大泥棒、石川五右衛門のことだ。

 伝承では、伏見城に侵入した際、豊臣秀吉の家臣だった秀久に捕らえられて処刑された。仙石家は江戸期、信州の小諸、上田藩主を経て出石藩主となり、特産のそばを持ち込んだ逸話で知られるが、五右衛門のたたりも付いて回ったという。

 今年も、宵宮の3月16日に雨が降った。ただ、2008~17年の豊岡の気象データをみると、会期中に1ミリ以上の降水量が確認できたのは10回中6回。「弁当忘れても傘忘れるな」という格言がある但馬にしては「むしろ天気がいい方では」との声も聞かれる。

 出石初午の名物、外れなしのくじにも言い伝えがある。城跡の一角にある有子山稲荷神社でお守りを買うと、食品や日用品、旅行券など、必ず何かが当たるくじを引ける。

 由来は、出石初午の発祥に関係する。江戸期、藩主の仙石家が、初午の3日間に限って、城内の同神社への町民の参詣を認めた。普段は御法度のばくちも許され、これがくじの形で残っているという説だ。

 タイヤ、五右衛門、くじ引き…。どれも明確な根拠があるわけではないが、「春の喜びにあふれる初午が特別な存在だからこそ、数々の伝承が生まれた」と加藤さんはみる。

 だが、初午の1カ月以上も前に、出石の春を祝う別の祭りがあることを知る人は少ない。

「立春」神事 山陰に似た風習
立春祭で神前に供えるホンダワラ。但馬の一部地域では「神馬藻(じんばそう)」と呼ばれ、食卓にも並ぶ=豊岡市出石町宮内
立春祭で神前に供えるホンダワラ。但馬の一部地域では「神馬藻(じんばそう)」と呼ばれ、食卓にも並ぶ=豊岡市出石町宮内

 平安期から伝わる神事の日だというのに、出石神社(豊岡市出石町宮内)は静まり返っていた。雪に覆われた境内に、露店はない。氏子の姿もない。

 2月4日朝、宮司の長尾家典さん(52)がただ一人、拝殿に姿を現した。四季の節目に、五穀成就と豊作を祈る「立春祭」が始まる。

 神前に供えられたのは、山盛りの海藻ホンダワラ。祝詞を上げ、サカキをささげ、祭りは粛々と進んでいく。

 「春を実感するのが初午で、春に焦がれるのが立春祭です」

 長尾さんがそう表現する神事は、平安期の歌人源重之が、参拝に際してホンダワラを歌に詠んだのが起源とされる。前日の節分に比べると、立春にちなんだ祭りは少なく、背景も不明な点が多い。

 ただ、山陰の文化圏と関連する可能性がある。島根県大田市では、清めの儀式でホンダワラを使う地域があり、松江市の佐太(さだ)神社ではおはらいにささげる。

 ほかにも、但馬には北西部を中心に、鳥取以西と共通する伝承がいくつもある。県境をまたぐ一帯に残る伝統芸能「麒麟獅子(きりんじし)舞」もそう。兵庫県新温泉町千谷の秋葉神社では4月中旬の例祭で奉納され、地区の邑橋(むらはし)裕恵さん(76)は、鶏肉に野菜、豆腐などを鍋で煮込んだ郷土料理「じゃぶ」を自宅で作る。

 「冠婚葬祭の集まりで鶏を絞めてもてなしたのが始まりらしいです。鮮やかな獅子舞を見てじゃぶを食べると、『春だなあ』と思いますね」

 独特の名称は、野菜の水分が「じゃぶ、じゃぶ」と音を立てることに由来する。これも、鳥取県西部の日野町などで受け継がれている。

 春。待ち焦がれる気持ちは同じでも、感じ方や表現は土地土地で異なる。海に山に広大な但馬らしい。

(記事・小川晶 写真・大山伸一郎、斎藤雅志)

【初午】
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 京都・伏見稲荷の祭神が稲荷山に降り立った日とされ、稲荷詣でをする風習がある。旧暦2月の最初の午の日を指し、現在の暦では2月下旬~3月中旬に当たる。有子山稲荷神社の出石初午では、雪に見舞われないように時期を遅らせ、3月の第3土曜日前後に固定したと伝わる。かつては養蚕農家の信仰を集め、午の絵が描かれた蚕座紙(さんざし)が売られていたという。

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