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第5部 海山美(みやび)の春

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 4月3日はひな祭り。但馬では、桃の節句は月遅れ。山国の冬は雪深く、新暦の3月3日では、桃が咲くにはまだ早い。氷ノ山の麓、兵庫県養父市出合の旧小学校「であいの里」には、素朴な味わいの土人形がずらり。同じ校区の葛畑で約30年前まで作られ、初節句の贈答品として但馬地域で人気だった。山あいの同市轟では、子どもたちが各戸を巡りお菓子をもらう風習が残る。土人形を飾っている家もあった。鉱山で栄えた朝来市生野町では、100軒以上がひな人形を公開する「ひな巡り」が毎年3月3日に開かれ、多くの観光客でにぎわう。

但馬 桃の節句は月遅れ
葛畑土人形は素焼きの肌に泥絵の具で彩色。内裏びなで30センチほどだが、土質のせいか持ち重りがする=養父市出合(撮影・斎藤雅志
葛畑土人形は素焼きの肌に泥絵の具で彩色。内裏びなで30センチほどだが、土質のせいか持ち重りがする=養父市出合(撮影・斎藤雅志

 4月3日はひな祭り。

 誤植ではありません。

 但馬では、桃の節句は月遅れ。山国の冬は雪深く、新暦の3月3日では、桃が咲くにはまだ早い。

 「兵庫の屋根」といわれる氷ノ山の麓、養父市出合の旧小学校「であいの里」には、家庭で飾られていたおひなさまがずらり。豪華な段飾りよりも、気になるのは素朴な味の土人形だ。

 「私たちのころのお祝いは葛畑(かずらはた)の土びなでした」と栃下真喜子さん(69)。同じ校区の葛畑は、農村歌舞伎で有名な山陰道の宿場町。土びなは約30年前に絶え、窯場も残っていない。飾る家庭の数も減り、もったいないと7年前から、地域で祝い始めたという。

 初節句に里から贈るのはお内裏さま。そこに親類、ご近所からの高砂や天神、静御前や武者などが加わるというのだから、ひな飾りのイメージを覆される。

 見たいものだと訪ね歩いていると、不意に子どもの声がした。

おひなさまよりお菓子!?
子どもはおひなさまよりも、昔も今もお菓子が目当て。見世の間の段飾りの脇には土びなも並ぶ=養父市轟
子どもはおひなさまよりも、昔も今もお菓子が目当て。見世の間の段飾りの脇には土びなも並ぶ=養父市轟

 ここ、養父市轟(とどろき)は標高580メートルの山あいの里。“和製ハロウィーン”のような風習が生きているところは但馬でも数少ない。

 「初めてのときは驚きました」と木戸孝太郎さん(46)、朝子さん(46)夫妻。大阪と加古川出身の2人は、轟名産・夏大根の新規就農者として17年前に移住してきた。轟で子どもがいるのは木戸家だけ。「学校でもうらやましがられるみたい」と笑う。

 今は菓子もスナック類だが、昔は半紙に包んだ手作りのあられなど。「ひな荒らし」や「ガンドウチ」と呼ぶ地方もあるが、中岡さんによると「お供えのごちそうを全部、夜に食べるのがひな荒らし」だという。

 土びな産地の葛畑(かずらはた)でも昭和30年代末には行われていたが、子どもが減るにつれ、廃れてしまったらしい。ところが土びなは、その頃に脚光を浴びたというから面白い。

 日本玩具博物館(兵庫県姫路市香寺町)の井上重義館長(79)は収集を始めた1963(昭和38)年、「土びなが神戸新聞に載り、郷土玩具の世界で知られるようになった」と証言する。

 明治時代に瓦製造から転じた家業を、戦後ほそぼそと継いできたのは前田俊夫さん(1920~88年)。それが「ごっつい人気で百貨店でも売りよると聞きました」と元葛畑区長の西村武さん(76)は当時を語る。

 地元の「葛畑人形館」で保存する前田さんのスクラップブックを見ると、民芸品ブームで注文や取材が相次ぎ、獅子舞や大石内蔵助など新作を続々と出していた様子が分かる。ただ、節句飾りとしては衣装びなに取って代わられ、後継ぎのないまま、昭和とともに歴史を終えた。

鉱山町の「ひな巡り」
生野の町並みは国重要文化的景観。旧家を改修した建物で見るひな飾りには風情がある=朝来市生野町
生野の町並みは国重要文化的景観。旧家を改修した建物で見るひな飾りには風情がある=朝来市生野町

 今の人気は「ひな巡り」だ。

 鉱山町として栄えた朝来市生野。3月3日前後の週末、100軒以上の民家や店がひな人形を公開する。観光客が古い町並みをそぞろ歩き、「すてきねえ」と声を上げる。

 始まりは2004年。江戸時代の郷宿(ごうやど)を再生したまちづくりの拠点「井筒屋」ができ、地域活性化策として浮上した。「知り合いから一軒一軒広げていくうちに、古い人形もたくさん集まるようになった」と、井筒屋の中井武四(たけし)運営委員長(70)は顔をほころばせる。

 豪華な段飾りや御殿飾りは生野の往時をしのばせ、数千人が訪れる。少子高齢化で、しまい込まれていたおひなさまがこうして一役買うのもほほ笑ましい。

 ちなみに明治時代、生野の大山師・大野友右衛門が嫁入りに持たせた御殿飾りが、京都・久美浜にある。築地塀や門まであり、組み立ては丸1日半がかり。毎春、国登録文化財「豪商稲葉本家」で十畳間いっぱいに並べられるが、里帰りの話も出ているというから待ち遠しい。

ばらずし、ひし餅…減る風習
おひなさまには、ばらずし
おひなさまには、ばらずし

 生野ではこんな話も聞いた。

 「4月3日は男の子も女の子も、おすし作って山にお花見に行きよりましたよ」。生野ダム建設で廃村になった上生野(こうじくの)出身の白滝操さん(94)はそう懐かしむ。

 「山遊び」「磯遊び」といわれる全国的な風習だったが、戦中世代より下にはなじみがないようだ。

 タニシをお供えして食べる風習も半世紀前の但馬には広くあったが、体験した人はもはや少なくなった。ばらずしやひし餅をする家さえも、減る一方では無理もない。

 ひなびた里のひな祭りも、時代の波に変わりゆく。春の弥生の良き日に、少しばかり感傷が交じる。

(記事・田中真治、写真・斎藤雅志)

【兵庫の土人形とひな祭り】
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 兵庫の土人形とひな祭り 今も作られている土人形は丹波市氷上町の稲畑人形。丹波では男児も祝い、天神を贈る。佐用町早瀬、氷上町下滝の産地は大正期に廃絶。葛畑土人形の由来書から、香美町村岡に一時伝えられたことがうかがえる。小野市と加東市にはひな人形メーカーがあり、ひな巡りが小野のほか、三田市や養父市山東町、丹波市柏原町などで開かれている。たつの市御津町室津では8月に行う「八朔(はっさく)のひなまつり」が2003年から復活している。

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