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第7部 水ものがたり

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 金物のまち、兵庫県三木市。その昔、鍛冶職人が夏場のスタミナ料理として愛した鍋料理がある。具材はタコとナス。かつては明石の真ダコを淡路の行商が売り歩いたという。記録的な猛暑が続くこの夏、栄養豊富で熱々の「鍛冶屋鍋」を味わってみませんか。

タコとナス 運命の出会い
料理店「川久」の「かじや鍋」。生けダコを仕入れるため、注文は要予約=三木市本町3(撮影・斎藤雅志)
料理店「川久」の「かじや鍋」。生けダコを仕入れるため、注文は要予約=三木市本町3(撮影・斎藤雅志)

 金物のまち・三木。その昔、鍛冶職人が、夏場にスタミナをつけるために好んで食べた鍋がある。具はタコとナス。

 なぜ、タコか。家庭にまだ冷蔵庫がなかった明治-大正期、明石から三木へ魚の行商がやって来たが、元気だったのはタコぐらいだったそう。明石沖の激しい潮流にもまれたタコは身が締まり、夏は梅雨の水をのんでうまくなる。

 ナスも夏が旬。火照った体を冷やし、あっさりとしていて食べやすい。酷暑の中で働く職人に喜ばれた。

 だが、行商が姿を消し、廃れていく。そこで「町おこしの一助に」と、元すし店主の山田照明さん(71)が1990年ごろに「鍛冶屋鍋」として“復活”させた。三木市の料理店「川久(かわきゅう)」で食べられるが、店主の河合健裕さん(43)が腕を振るう傍らで、山田さんはどこか浮かない顔だ。

 伝統の味が、再び消えかけているというのだ。

淡路から三木へ 明石ダコ行商
真っ赤な鋼をエアハンマーで成形する福島保弘さん。「仕事で汗かいた後、『タコとナス、たこか』って食べるのが楽しみやった」=三木市別所町高木、福保工業
真っ赤な鋼をエアハンマーで成形する福島保弘さん。「仕事で汗かいた後、『タコとナス、たこか』って食べるのが楽しみやった」=三木市別所町高木、福保工業

 トントン、ト、ト、ト、トン…。

 真っ赤な鋼。約千度の熱に汗が滴る。火箸で巧みに角度を変え、エアハンマーで成形する。三木市別所町、福保(ふくほ)工業。金物に携わって60年余り。福島保弘代表(82)の動きには無駄がない。見る見る、石工が使うハンマーの先が仕上がった。

 「タコとナスの料理の名前? 特にないなぁ。『タコとナスビあるからたこか』って家で食べてた。明石のタコはおいしいから」

 三木の市街地で夫が金物職人をしていた河合悦子さん(85)も「たくだけの料理やけど、家族みんなよう食べてくれてね」とほほ笑む。「そうそう、『淡路のおっちゃん』が家までタコ売りに来てなぁ」

 へぇ、淡路から? 紹介された淡路市岩屋の森本映子さん(71)を訪ねた。「20代前半のころ、父の行商を手伝って三木に通いましたよ」

 その名も「カンカン部隊」。昔、岩屋には多くの行商がいた。

 男性はてんびん棒、女性は大きな風呂敷でブリキの缶を何個も携え、早朝に出る専用の船で明石へ。魚の棚で新鮮な魚介を仕入れ、缶に詰め込んで神戸や大阪、阪神間、そして三木の得意先へと向かった。

 森本さんは、父とバスで三木へ。夏場は氷を買い込んで行かねばならず、重さがぐんと増した。

 鮮度が命。午前中が勝負だ。現地の寺に預けてある手押しのリヤカーに缶を載せて得意先を回った。「『奥さん、おはようさーん』って行くと、鍋を手に集まってくれてね。鍛冶屋さんはタコ好きな人が多くて、よう行きました。包丁とまな板を用意し、父がさばいてました」

 元大工の夫國夫さん(76)も「三木からも淡路へ金物、大工道具の業者が来てましたな。私もよう買いました」と懐かしんだ。

金物職人が愛した「前もん」
播州三木打刃物の伝統工芸士・西口良次さんと妻の佐智子さん。タコを使った料理を再現してもらった=三木市中央公民館
播州三木打刃物の伝統工芸士・西口良次さんと妻の佐智子さん。タコを使った料理を再現してもらった=三木市中央公民館

 「うちでは生きたタコを使う。行商のおっちゃんがいたから、食べられたんやね」と三木市別所町で小刀などを手掛ける伝統工芸士、西口良次さん(83)。妻佐智子さん(80)も「実家でも食べてました。近ごろは生のタコが手に入りにくくなって、なかなかできないけど」。

 それならばと、明石・魚の棚商店街の鮮魚店「松庄(まつしょう)商店」で「前もん」を仕入れ、その足で三木に向かって調理してもらった。

 まだ動きそうなタコを塩でもみ、ぬめりを取ってぶつ切りにする。ナスは大きめに切り、あくを抜く。

 川久(かわきゅう)の「かじや鍋」はカツオと昆布のだしに酒、みりん、しょうゆ、砂糖の味付けだが、西口家はお手製のみそベース。昆布だしに砂糖としょうゆ、酒、みりん、酢を合わせたスープを煮立たせ、生ダコとナスを鍋に放り込む。

 かむほどにタコのうま味が増す。みその煮詰まった香ばしさが、ナスにもしみている。「若いころは味付けが濃いほどおいしく感じた」と良次さん。最近はタコやナスに加え、豆腐やこんにゃく、キノコ、タマネギ、ジャガイモなども入れる。

アイデア広がる 鍛冶屋料理
松本栄治さんが創作したタコとナスを組み合わせた料理=三木市末広3、「創作料理 しゃかりき」
松本栄治さんが創作したタコとナスを組み合わせた料理=三木市末広3、「創作料理 しゃかりき」

 タコとナスの組み合わせは「味や栄養のバランスからいっても、理にかなっている」と兵庫県栄養士会の榊由美子会長。ただ、冷蔵庫の普及やスーパーの進出で、内陸の三木でも気軽に魚が買えるようになり、伝統の味は忘れられつつある。

 三木金物の出荷額は、2010年までの約20年で3割以上減って421億円。従業者も28%減の約2900人。ただ、高級品の輸出が伸びるなど、再評価の兆しもある。

 「鍛冶屋そのものを知らない人が増えた。煮物の暗い色合いも敬遠されるのかな」と元すし店主の山田照明さん(71)。三木市末広3で「創作料理 しゃかりき」を営む松本栄治さん(41)の協力で、タコとナスを使った料理を考えてもらった。

 ナンの生地にチーズや山田錦みそを乗せたピザ、明石焼きをほうふつとさせるだし巻き、ガーリックが香るスタミナ炒め…。「かじや料理のアイデアは広がる。地域の催しなどで披露したい」と松本さん。

 タコのまち・明石でも、商工会議所の女性部が彩り鮮やかな「鍛冶屋鍋風パエリア」を創作し、イベントで好評だ。「三木の女性部とも連携できたら」と福田方子(まさこ)会長(64)。山田さんは「地域で愛された組み合わせそのものを残せたら」と話す。

 人やモノの交流が今ほど容易ではなかった時代に、運命の出会いを果たしたタコとナス。金物のまちを育んだ名コンビ、猛暑の中でこそ味わいたい。

(記事・佐伯竜一 写真・大山伸一郎、斎藤雅志)

余白の余話
神戸新聞NEXT
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 2006~09年に三木支局に勤務して、かの地に「鍛冶屋鍋」なる料理があると知った。

 だが、金物職人の連載取材で、80歳代のベテランから「タコとナスは食べるが、『鍛冶屋鍋』とは呼ばん」と聞き、心に引っ掛かっていた。

 今回、駄目元で尋ねたところ、人づてに紹介いただき、思いもよらず淡路島にまでたどり着いた。

 いつも温かい五国兵庫の皆さん。タコとナスの相性、絶妙です。

 

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