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第7部 水ものがたり

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 播磨灘に面した淡路島の港町、淡路市江井。線香の生産国内一を誇る淡路島でも、線香の乾燥に欠かせなかった西風が特に強い土地だ。海の向こうでは、国産マッチの9割を製造する工場が姫路などにある。マッチを擦る。線香をともす。先祖を思うお盆が近づいてきた。

線香の香り漂う港町
ピークを迎えた線香作り。昔ながらの手作業も残る=淡路市江井、精華堂(撮影・斎藤雅志)
ピークを迎えた線香作り。昔ながらの手作業も残る=淡路市江井、精華堂(撮影・斎藤雅志)

 どこからともなく、線香の香りが漂ってくる。

 播磨灘に面した港町・淡路市江井。終戦直後、進駐軍の兵士が立ち寄った際、「きょうは誰か偉い人の弔いをしているのか」と尋ねたという。今でも車の窓を開けていると、香りで町内に入ったことが分かるほどだ。

 「お盆前が最盛期です」。創業72年の精華堂専務、平川善統(へがわよしのり)さん(41)の言葉に力がこもる。工場は漁船が並ぶ江井港のすぐそばにある。幕末に始まり、国内一の生産量を誇る淡路の線香。冬、播磨灘から吹き寄せる強い西風が線香の乾燥には最適だった。昔ながらの作業場には、風の量を調整し、乾燥に生かすことができる「ベカコ」と呼ばれる格子窓が今も残る。

 先祖迎えの準備が各地で進む。「線香は香りをお供えする、ご先祖さまのお食事。ともして自らのルーツに思いをはせてほしい」。島人の願いを乗せ、潮風が郷愁を運んでくる。

1400年前、淡路に香木
播磨灘沿いにたたずむ枯木神社=淡路市尾崎
播磨灘沿いにたたずむ枯木神社=淡路市尾崎

 日本一の線香生産量を誇る、香りの島。その歴史は、はるか1400年前にさかのぼる。

 「推古三年夏四月、沈水(ぢみ)、淡路嶋に漂着れり」

 日本書紀には、推古天皇の時代に香木が伝来し、淡路島に流れ着いたとある。「沈水」とは東南アジアの香木・沈香(じんこう)のことだ。

 淡路市尾崎の枯木(かれき)神社は、浜辺に流れ着いた香木を祭る。切ろうとすれば体調を壊し、沖に流しても戻ってきたと伝わる。「私もね、御簾(みす)越しにしか見たことがない。ご神体やから、のぞいて見るもんでもないでしょ」。濵岡宏宮司(79)は敬意を表する。

 江戸後期の1850(嘉永3)年、江井(現淡路市)の染め物店が、線香の生産が盛んな泉州の堺で技術を学び、職人を連れ帰った。原料となる杉の葉を仕入れ、冬は強い季節風で海が荒れて出港できない船乗りらの副業として広まっていった。

 「今でも町全体で線香を作っていますよ」と精華堂専務の平川善統(へがわよしのり)さん(41)。線香を束ねるのは食料品店、箱を折るのは理髪店。作業を分け合うつながりも、発展の鍵だ。

 「嗅ぐ」でなく、「聞く」。香りをそう表現する。原料は、複雑で多様な香りが求められるにつれ、世界各地から輸入。椨(たぶ)の木を主原料に、中国やインド、東南アジアから白檀(びゃくだん)や桂皮(けいひ)、麝香(じゃこう)、丁子(ちょうじ)などを仕入れ、油や合成香料と混ぜ合わせる。その「調香(ちょうこう)」は門外不出で、極秘の調香帳は金庫に入れて保管している。

 約30年前に自動製造機が普及し、工程は様変わりした。それでも、標準よりも太くて長い特殊な線香には手作業が残る。入社9年目の御幸宣孝(みゆきのりたか)さん(31)は、竹べらでまだ軟らかい線香の端を切りそろえる「盆切り」や、切りそろえた線香を並べる「生付(なまつ)け」を先輩から教わった。「難しいけど、手作業でないとできない線香もある。どんどん覚えていきたい」。作業は流れるように進む。

国産マッチ、9割が兵庫産
国内で3社しか稼働させていない自動燐寸製造機=姫路市東山、日東社
国内で3社しか稼働させていない自動燐寸製造機=姫路市東山、日東社

 線香と同じく、お盆前が繁忙期なのがマッチだ。国産の約9割が兵庫県で作られていることは、あまり知られていない。

 姫路市東山にある日東社の工場を訪ねた。「ドドドドド」。巨大な連続自動燐寸(マッチ)製造機のごう音が響く。金属板に差した軸木を移動させながら薬品を付けて乾燥させていく。稼働7時間で、40本入りなら約40万個分を作ることができる。

 「線香に火をともすには、マッチの方がええというお客さんは多い」と取締役会長の大西壬(あきら)さん(83)。

 国内でマッチの本格的な生産が始まったのは明治初期。製品の輸出に便利な港がある神戸が一大生産拠点となる。神戸で造船や鉄鋼の産業が発展するのに伴い、マッチ生産は西の姫路へと移った。

 戦後、輸出量は減ったが、喫茶店やホテルが無料配布する広告用マッチの需要が増加。だが、1970年代に使い捨てライターが急増するなど状況は一変する。総生産量も落ち込み、マッチ作りから撤退するメーカーが相次いだ。

 一貫生産を手掛けるのは国内で3社のみ。うち2社が姫路だ。日東社も紙おしぼりなど事業を広げたが、「最後の1社になっても、マッチ作りを続けたい」と大西さん。温かみを感じさせる道具への愛着は深い。

見た目はマッチ、実はお香
10分間、煙から出る香りを楽しめる「hibi(ひび)」=兵庫県太子町鵤、神戸マッチ
10分間、煙から出る香りを楽しめる「hibi(ひび)」=兵庫県太子町鵤、神戸マッチ

 線香とマッチ。業界も生き残りをかけ、新分野への進出や新製品の開発に懸命だ。

 兵庫県太子町の神戸マッチは線香メーカー大発(だいはつ)(淡路市)、デザイン事務所「TRUNK DESIGN」(神戸市垂水区)とコラボし、マッチとお香を一体化させた「hibi(ひび)」を3年前に発売した。見た目はマッチだが軸木がお香で、マッチのように擦って火をつけると香りが楽しめる。

 神戸マッチ代表取締役の嵯峨山真史(まさふみ)さん(50)は「マッチを擦る行為や文化を残したかった」と話す。斬新な発想が評判を呼び、海外25カ国にも出荷。「初めて擦って火をつけた」という人も少なくない。

 線香業界も海外に目を向ける。欧州の雑貨市に出展したのを機に注目が高まり、10カ国以上に香り関連の商品を輸出する。兵庫県線香協同組合の新開正章事務局長(66)は「淡路島の香りを世界中に広げていきたい」と夢みる。

 マッチを擦る。線香をともす。日々の生活で使うシーンはめっきり減った。それでも、ええもんをしっかり作る。気概の炎、いまだ消えず。

(記事・上田勇紀 写真・大山伸一郎、斎藤雅志)

余白の余話
神戸新聞NEXT
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 線香もマッチ作りも、大事な時期がお盆だ。各地で先祖供養の行事が営まれる。マッチを擦って線香にともし、たなびく煙を見つめれば、時間がゆっくりと流れる気がする。

 最近は、線香のともし方を知らなかったり、マッチを擦った経験がなかったりする子どもが増えているらしい。京都府宮津市の母の実家では毎年夏、山あいの墓前で、マッチで線香をともすのが決まりだ。今年のお盆休みには、幼い娘たちを連れて体験させてみよう。

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