東京オリンピックを四カ月後に控えた一九六四年六月。新潟地震の被災地をジープで回った三人の研究者は、道路にうずたかく積まれた砂に注目した。
「もしかして、これは…」。柴田徹・京都大学名誉教授(地盤工学)は、文献でしか知らなかった現象を初めて目の当たりにした。「おそらく、流動化とか液状化といわれるものだろう」。そう、新聞社の取材に答えた。日本の液状化研究の出発点だった。
それから三十一年後。阪神大震災の二日後に芦屋浜やポートアイランドを回って見た柴田さんは、再び衝撃を受けた。
「地震が起きれば液状化が生じるのは当たり前。それにしても、今回はすべてが、けた外れだ」
柴田さんは、今回の液状化被害の特徴を三点上げた。一つは、極めて広範囲で生じたこと。噴砂は、徳島から滋賀県の草津まで認められた。二点目が、これまで液状化しにくいとされていた、粒の大きさがばらばらな土(マサ土)が液状化した点。
そして、護岸や西宮大橋など水際線の大型構造物が被害を受けたこと。今、専門家の間では、学説や建設基準の見直しが進められている。
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七月、自宅前の道路に小さな亀裂を見つけた池内満明さん(66)=芦屋市潮見町=は目を見張った。アスファルトが砕いたように破れ、下から白い砂地が見える。
池内さんを驚かせたのは、その場所が液状化で地割れが生じ、三月に舗装したばかりの地点だったからだ。アスファルトの下の砂も波にさらわれるかのように、日に日に少なくなっている。
道路は傾斜しているように見えるし、地面にはいつの間にかアリ地獄のような穴が開いている。「土地が海に流出しているのではないか」。池内さんはそう思えて仕方がない。
芦屋浜の分譲低層住宅は約千四百五十戸。念願のマイホームを構えた人ばかりだ。「せっかく買った土地が…」と思うと、住人の不安はいやが上にも増す。
芦屋浜の土地売買価格について、市内の不動産業者は「物件が動きにくい場所だから分かりにくいが」と前置きしながら、「二割は下がった」とする。「土地は生き物だから、傷がつくとすぐ価格にはね返る」。二割とは”イメージダウン”の金額という。
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造成中の南芦屋浜、鳴尾浜の南東部、六甲アイランド。いずれも芦屋浜同様に埋め立て地だが、液状化被害は軽微だった。
締め固めなどの地盤改良や、地中深くまで杭を打つ構造の強化。対策次第では未曾有(みぞう)の大震災にも立ち向かえることが証明されたわけだが、問題はばく大なコストだ。
「空港や大型プロジェクトは、巨額の対策費を投じてもペイできる。単なる住宅用地ではどうか。しかも、収益性の低い戸建てでは、そこまで地面にカネをつぎ込めるのか」。柴田さんは指摘する。
海を埋め立て、住まいを確保し続ける地震国・日本。「芦屋浜の問題を正しく検証し、災害に強いまちのモデルにしてほしい」という住民の訴えは、今後のベイエリア開発に警鐘を鳴らしている。
=おわり=
1995/10/18