被災者アンケート
「あの体験」はいまも心にいやしきれない傷を残す。表通りは整備され、新築のマンションや住宅は次々に姿を現してきたが、被災地に生きる人々の「思い」はどこかに置き去りにされていないだろうか。アンケートからは、暮らしの現実に苦しむ被災者の姿が浮かび上がった。
「マンションばかり増えて、人と人とのつながりが薄れる」(神戸市東灘区・70歳以上男性)
「街が若返るのはいいが、新しく越してくる人も地元の復興に興味が持てるものが必要」(神戸市東灘区・30代男性)
―など、生まれ変わった街の人間関係に不安を抱く声が多かった。
■心と体 ストレスなお8割強
五人に一人がPTSDの可能性を持っているという結果は、強い精神的ストレスを引きずる被災者が仮設だけでなく幅広い範囲にわたっていることを示した。PTSDの目安となる「PTSS・10」の六点以上には達しなくても、何らかの症状を自覚している人は八割強に上った。
具体的な症状としては、回答者の六割が「ささいな音や動き、揺れに反応しやすかった」「寝付けなかった。途中で目がさめた」と訴え、大災害を経験した人に特徴的な感覚過敏、過覚醒(かかくせい)の状態が三年後も続いている。
震災後の生活の変化と心の状態の関係を見ると、「失業・休業中」の人の方が、勤め先が変わらない人や自営業を本格再開した人よりも「六点以上」の割合が高い。
妻と息子夫妻を失った50代の男性は「店舗を再建したが、売り上げが伸びず収入は半減。飲酒量が増え、緊張のせいか朝早く目が覚める」。仮設店舗で営業する40代の女性は「日々売り上げが減り、老人三人を抱えて不安。主人は夜中に起きて泣く毎日で、私も気持ちが落ち込み、励ますことができない」と切実だ。
体の状態については、四人に三人が何らかの不調を訴え、「疲れやすい・めまい」「頭痛・肩こり」「高血圧」が目立った。
■行政への要望 資金支給の公的支援を
生活基盤の回復が進まない現状を反映し、国・自治体に対する要望では四人に三人が「生活再建の資金を支給する公的支援」を求めた。
区画整理事業の遅れで自宅再建をあきらめ、借金でマンションを買ったという60代の男性は「金融機関の経営破たんに公的資金を使わず、税金を納めている被災者に支援がほしい」と訴える。
公的支援の法案は国会でたなざらしになっているが、店舗再建の借金返済が来年から始まる神戸市東灘区の40代の女性は「本当に困っているときに支給しなければ立ち直れない人が増える」と早期成立を切望する。
一方、「景気対策」「福祉の充実」を求める声も「住宅対策の充実」を上回った。神戸市須磨区の40代の男性は「被災地の倒産、廃業は震災だけでなく、不況による体力の低下が原因。真の復興には景気対策を緊急に実施するしか道はない」。震災後に出産した神戸市東灘区の30代の女性は「普通の生活に戻りたい。もっと現実的な問題の向上を」と福祉充実を求めた。
■復興状況 街はどうなる 自営業者は厳しい見方
震災から三年になる被災地の復興状況について「取り残されている部分が多い」「遅れている」という厳しい意見が合わせて七割を超えた。
神戸市東灘区の70代の男性は「復興の掛け声ばかりでわき道にそれると空き地の雑草や駐車場ばかり目立つ。空港もけっこうだが、家が建ち、人が戻ることが先決だ」。店舗全壊のため転職した40代の男性は「個人、街とも復興の格差が開きすぎている」と指摘する。
特に自営業の人の評価は「遅れている」がほぼ五割で、「取り残されている部分が多い」を含めると八割強。商売、事業で苦しい状況が続いているだけに、厳しい見方が強かった。
街の将来像についても、震災前より「住みづらい街になる」が四割で、「住みよい街になる」「変わらない」を上回った。
こころのケアセンター 加藤寛医師が分析
心の傷 再認識を
■「仮設外」でも同じ被災者
一昨年十月に同じ「PTSS・10」を使って県が実施した調査では仮設住民の二五%、一般被災者の一六%が「六点以上」だった。また、昨年二月に芦屋こころのケアセンターが市民三千人を対象に実施した別の調査では、八%がPTSDに近い状態だった。
今回の二〇・五%という数字をこれらと比較すると、震災の直接的な衝撃と被災地での生活によるストレスが、被害の大きかった地域ではかなり多くの人に心の傷として強く残っているという印象を受ける。
仮設外の人たちの心の問題にはこれまであまり光が当てられてこなかった。震災の衝撃を体験し被災地で生活しているという点は同じで、その後遺症は仮設外の多くの人にも残っているのだということが裏付けられた。みな同じ被災者であることを被災地全体として再認識する必要がある。
心の後遺症は時間をかけていやされるものだ。もう一度、一人ひとりが「心の中の震災」に向き合い、自分の心の傷に気づくことと、行政をはじめとする地域社会の支援態勢を確立することが今後の大きな課題だろう。(談)
メモ
PTSD(心的外傷後ストレス障害)
大震災のような衝撃的な事件を体験した後に生じる過覚醒(不眠など)、想起(フラッシュバック、悪夢など)、回避(体験を思い出させる場所や人を避ける)などの症状が、現実の生活に適応するのを難しくしている状態をいう。今回行った「PTSS・10」は、簡単な十項目の質問に対し、六項目以上に当てはまるとPTSDの可能性が高いという臨床的な結果が出ている。
1998/1/14