その広さを「過去最大」と言うのはたやすいが、それでは生ぬるい。ふかんすれば、過去二十年に神戸市が手がけた市街地再開発を合算した「十八・四ヘクタール」を、一事業だけで優に上回るということである。
過去の事業が随所で計画年数を超え、事業途上のものもあるなか、「二十ヘクタール」という巨大再開発は震災直後、「完成まで十年」として都市計画決定され、すでに二年八カ月が過ぎた。
広大なエリアはJR新長田駅の南に広がり、計画では高層ビル四十棟が林立し、三千戸の住宅と大規模商業スペースが出現する。一部で建設も始まったが、具体の事業計画ではまだ手続きが残る地域が大半だ。
「精いっぱいのスピードで進めている。でも期間内にできるかどうか、流動的な面はある」。担当の平山敏明神戸市再開発課長が慎重に言葉を選ぶのは、期間のずれ込みが事業費アップにもつながりかねないからだ。
計画段階の総事業費でも二千七百十億円。採算性さえ危ぶまれるなかで、支出増は震災後の財政で命取りの危険もはらむ。
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「こんな巨大再開発が長田で成り立つだろうか」
神大の塩崎賢明助教授ら約十人が復興再開発を考える「再開発研究会」をスタートさせたのは今年六月。被災地でまちづくりにかかわる専門家がメンバーだけに、切り込みは鋭い。
「地域の購買力に対し商業施設が過剰ではないか」「ビルは売却で埋まるだろうか」。数々の問題はどれも「再開発という手法がもはや時代遅れではないか」という疑問に行き着いた。
土地の高度利用により、元の権利者が入居しても余りある床面積を生み出し、道路や公園を広げる。採算の行方はひとえに、権利者向け以外に売却する床の売れ行きとその価格による。
経済成長と地価上昇が消えたバブル崩壊後、すでに各方面から疑問は出ていたが、国は震災特例でこの再開発の補助率をアップ。「都市再生の有効手段」として神戸市は、新長田と六甲道に早々と網をかけた。
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公共主導の再開発ビルは芦屋、宝塚などですでに挫折の壁に突き当たる。
兵庫県芦屋市は震災前、JR芦屋駅前で再開発ビルのマンション分譲を始めたが、四十一戸のうち売れたのは三戸。収入不足など二十億円を一般会計からの支出で補い、震災後は全国からの応援職員の宿舎に転用。さらに被災者向け住宅として買い上げ、「億ション」は市営住宅に様変わりした。
が、転用可能なケースはまだ幸運だった。震災後に始まった復興再開発を被災者用に見込むには、完成までの時間が不透明すぎた。
「再開発事業では、その処分見込みに懸念がある」。今月四日、神戸で開かれた土木学会会合で溜水義久県副知事はそう表現。震災直後、建設省審議官として被災地の都市計画を指揮した副知事の経歴を重ね合わせ、前途に多難さを感じ取った関係者は多い。
不透明な行方は、復興再開発の原点とされる生活再建をも揺るがしかねない。地元権利者がいつ、いくらで元の街に戻れるのか。市はエリアに特別に設けた賃貸住宅の「先行着工」や、地権者を対象にした「床価格の抑制」を強調するが、高齢化と後継者難が言われ続けた地域だけに、地元商店街幹部も「どれだけ残れるだろうか」と懸念する。
時代と時間にほんろうされ、先を急ぐ被災地での巨大再開発。巨額の事業費をひきずる姿は、住民の懐に直結した市財政が、次の世紀に持ち越す”時限爆弾”にもなりかねない。
1997/9/24