「こちら 仮設店舗 よろしく」
手作り看板に導かれ、表通りから路地を入ったところに店はあった。プレハブの三軒続き。精肉店と空き店舗に挟まれた青果店「北條商店」には、二百円の玉ネギ、三百円のサツマイモなどが並ぶ。十坪の店の奥に北條隆義さん(61)はいた。
「人は震災前の半分もおらんね。だから売り上げも半分。子供が独立してなかったら、だめだったね」
神戸市長田区のJR鷹取駅南。あの日、一帯をなめ尽くした猛火は、表通りの北條さんの店も飲み込んだ。元に戻るまでの仮設店舗は通りからは見えないところに建ち、客足減をあおる。
区画整理は市内で最も早い。仮換地を終え、住宅建設も始まったが、大半はまだ手つかずの更地だ。
「若いお客さんがガクンと減ったね」。
店先から鷹取を見続けた目には、とりわけ客層の移り変わりが気にかかる。
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神戸には三つの人口がある。
住民票をもとにした住民基本台帳には現在「百四十九万人」が記載される。住民票を残したまま去った人が何人で、何人が戻っているかは読み切れない。
もう一つの推計人口。震災半年後の国勢調査に、住民票の増減を加味した数値は九月時点で「百四十二万五千人」。震災前に比べ九万五千人が減ったままで、兵庫県高砂市の全人口に匹敵する住民の流出を示す。
さらに水道契約からはじいた「百四十五万人」が中間にある。一致すべき三つの数字に狂いをもたらしたのが震災だった。
どれが神戸の姿なのか。市も定かにはつかめていない。「復興カルテ」と名付け、人口移動の中身を分析中だが、住民票の異動から浮かんできたのは二十五~二十九歳の流出の突出だ。
職、住居、教育…。環境に敏感に反応する身軽な世代の流出は、街の魅力の不足を意味する。商圏人口の減少をはじめ、活力減退につながる総合指標ともいえる。カルテに基づく処方せんの提示が差し迫った課題だが、ここにも震災はまとわりつく。
住宅復興計画で公営住宅に占める3DK以上の家族用住宅は、長田区の場合、二割の百四十二戸。市内平均値の半分にすぎない。
「仮設住宅解消が最優先課題。元の街に住みたいという高齢者の希望にこたえなければ…」と市住宅局の山本朋広計画課長は言う。「それには小さくとも数がいる」。若年壮年世代を市街地に呼ぶ処方せんを住宅施策に描こうにも、復興途上の選択肢は限られた。
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「住宅や都市基盤の整備、産業振興により、人口は早期に回復し、従来の増加基調に戻る」。市が二〇一〇年のあるべき姿を示した総合計画「マスタープラン」に、人口動向はこう記されている。防災などが強化された震災後の見直しでも、人口フレームは「百七十万人」のまま据え置かれた。
以前から人口減が激しく、高齢化が進む長田、兵庫両区では、地下鉄海岸線の建設が震災前からの既定路線を進む。旧市街地の空洞化を防ぎ、人口増を狙う「インナーシティ」対策だが、歯止めがかからない震災後の人口減は、一日十三万人という利用者予測をも揺るがし始めている。
「目標達成は厳しい」。沿線人口の落ち込みに市交通局の冨井昭博総務部長は声を落とす。周辺の公園整備には震災後の財政難から実施のめどさえ立たないものも出てきた。「レールを引けば人が住み、弾みがつく」と同部長は言うが、相乗効果を想定する施策展開は悪循環に陥る危険もはらむ。
十三年後までに二十数万人増を描くプランのバックには、開発効果を見込んだ期待しか見えてこない。
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震災から二年八カ月。神戸市長選の告示まで、あと一カ月を切った。復興、生活再建と難問が立ちはだかるなか、住民は震災後初めて首長選挙という形で市政を審判する。次の世紀へ向け市は何を提示し、何を提示しえていないか。点検、報告する。
1997/9/20